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EVENT REPORT

イベント・レポート

展覧会 衣川泰典「蒐集されたページ」文:松尾 惠(MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w)

2021 06 07

4月中、行動を控えてしまったこともあり、筆者の運営するギャラリーでの展示を報告したいと思う。

(新型コロナ感染症)緊急事態宣言下においても、美術家が日々を更新している現実を紹介した。後へ向けてぜひ記録しておきたい作家の行動である。美術家は、以前よりはるかに深刻な課題や苦悩を抱えつつも、芸術祭、企画展、イベントなどの晴れ舞台が延期や中止となる中でも、多くは不断の制作を続けてきた。衣川泰典は、昨年来の時間を過去作の検証の機会ととらえ、自らによって作家像を浮かび上がらせた。展示のテーマや展示品の構成は、作家自身である。

衣川は、石版画(リトグラフ)を出発点に、同一視点で収集したモチーフを配置し、いわばイメージの連結・連想が拡張する大型コラージュへと展開してきた。コラージュの起点は、大学時代から日記のように集積している膨大なスクラップである。スクラプブックは、衣川の観察や思索の記録として、あるいは、いずれ作品に昇華する可能性の塊である。衣川の作家活動は約20年になるが、このたびの展示では、創作を支えるスクラップブックの過去の1冊(ほぼ立体作品)と、最新の1冊を展示した。周辺には、作家をかたちづくる多様な事物を展示した。進化をつづける活動の最先端は、近年あらためて取り組んでいる石版画である。その独自の展開は、「小石のリトグラフ」と名付けたシリーズである。

このシリーズでは、紙に刷りとった版画のみを作品とするにとどまらず、制作プロセスが作品となる。重要なポイントは、衣川が版に用いるのが、従来使われてきた平たく滑らかに加工された輸入品の石版用石灰岩ではなく、自らが山や川に足を運び収集した日本列島産の石灰岩という点だ。地表にのぞく手のひらサイズの石灰岩を見つけ、持ち帰って裁断・研磨し、石版にするのである。石灰岩との自然の中での遭遇や、版に仕上げる作業工程は、山歩きの風景とともに、動画作品にもなっている。背面を自然のゴツゴツのまま残した手製の石版は、プレス機を通せない。雁皮と呼ばれる薄い紙にスプーンの背を押し当てながらイメージを写し取り、石のかたちに切り取り、版画用紙に貼り付ける。石の輪郭の中に、石のあった場所や時の記憶として、植物や鳥や風景が描かれる。そのように制作した数々の<版画作品>は、表面にイメージとインクを乗せた自然石の石版とともに展示され、双方をみることで、石の持つ何億年単位の時間と、石と作家の濃密な時間を感じることができる。

衣川は、また、石灰岩のある自然から、鉱物、化石、土器など、地中へと関心を広げる。展示期間中には、かつて印刷業を支えたリトグラフの専門家に加えて、鉱物ハンターが来場された。展覧会というメディアが、作家間の情報交換のみならず、作家の思索や行動をさざ波のように広げ、大きな創造環境をつくっていると確信する。素材や部材を独自に発見することや、人間関係の拡張は、今後、種々の災害が起ころうとも、創造環境を持続可能にするだろう。

また、作家周辺の多様でささやかな事物の必要性は、同時期に開催のピピロッティ・リスト展(「あなたの眼はわたしの島」、於:京都国立近代美術館)においても見られた。ガラクタ、過去の遺物や安価なものも、等価に、作家をかたちづくる。身辺の蒐集物との関わりは時代を超えて芸術家に共通の感覚であろうし、コロナ禍のデジタル通信やオンライン対話などで平板となった世界では、個人をとりまくつまらないものこそ、個人の存在を照射するのかもしれない。

コロナ禍は、美術家の環境を変えたとはいえようが、本質を変えるには至らないのではないか。衣川が、野山や川筋を歩き、制作へと転換させることは、常になにがしかの啓示とともにある芸術家の普遍的な姿だろうと思う。熟成の時間を作家自身がコントロールできるのは、やはり京都の特性であろう。芸術とビジネスのサイクルは異なる。

会場風景
手前=スクラップブック"untiteled#21" 2002-2003年、255×855×215mm、356P
映像="my little stones" 2019-2020年、6:58
会場風景2
右=「みえないものにふれてみる #5(チョウチョ)」、 2008年、紙に印刷物、アクリル、顔料、ジェッソ、メディウム、他、880×1200mm
"my little stone"シリーズより版画作品と版としての石灰岩
版画作品"my little stone_ スタジオの窓 A" (2019年、357×270mm)に使用した石灰岩

展覧会 衣川泰典「蒐集されたページ」

会期 2021年4月2日(金)~25日(日) 各日13~19時
*月〜木休廊
会場 ヴォイスギャラリー
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