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EVENT REPORT

イベント・レポート

文化庁メディア芸術祭
京都展

2010 09 22
会 場: 京都芸術センター http://www.kac.or.jp/
京都国際マンガミュージアム http://www.kyotomm.jp/
会 期: 2010年9月2日(木)~9月12日(日)
主 催: 文化庁、京都市、京都芸術センター、京都国際マンガミュージアム
※ 文化庁メディア芸術祭京都展特設ページ
http://plaza.bunka.go.jp/kyoto/exhibition/
共 催: CG-ARTS協会
http://www.cgarts.or.jp/

京都の2カ所を会場にした、関西で初めてとなる「文化庁メディア芸術祭 京都展」。文化庁メディア芸術祭の歴代受賞作品の中から、京都芸術センターではアート部門、京都国際マンガミュージアムではマンガ部門の展示や上映が行われた。 メディア・アートとは、美術手帖編「現代アート事典 モダンからコンテンポラリーまで・・・世界と日本の現代美術用語集」(美術出版社/2009年3月発行)の<メディア・アート>の項によると、

"メディア・アートとは、一般的にコンピューターをはじめとする様々な先端メディア・テクノロジーを使用したアート作品を総称する言葉として用いられている。しかし、このような定義はあくまでも便宜的なものであり、表現手法として何らかのテクノロジーを使用したものをそう呼んでいるのが実情ともいえる。(中略)メディア・アートには、政治的、文化的、社会的、経済的な諸活動を基盤とした現代的な問題に対して批評的に成立するという側面があり、本質的にある定型に拘束されない流動的な性質を持つことになる。それが、メディア・アートが「非固定的なメディア(Unstable Media)による芸術」とも呼ばれるゆえんであり、社会に対するオルタナティヴな創造的文化を模索する可能態としてみなすことができる。"

と解説される。

京都は、創作・発表の環境として常にオルタナティブだ。若手アーティストや先端的アートに関して、受注制作がほぼ成り立たないため、表現方法や生活スタイルまでが個々に因るからかもしれない。発注者不足であるその状況に居直っているわけではないが、京都をベースにするアーティストにとって、制作場所や技術や資金や人的ネットワークはおおむね自前である。80年代以降、PCを手にしたアーティストの小さなスタジオから、1週間単位で展覧会が入れ替わる貸しギャラリーから、メディア・アートと呼ぶアートが次々と生まれた。それらは、文化庁メディア芸術祭が擁するところのコンテンツ産業とは異なる発生であったように思う。メディア・アートが、"政治的、文化的、社会的、経済的な諸活動を基盤とした現代的な問題に対して批評的に成立する"であることを前提にすると、京都という地方都市でのアート活動全般から"経済的な"視点が抜け落ちた時点で、メディア・アートも学究的で精神的な活動として根付いたといえる。そこに発注・受注の関係が不在だが、アーティストには、創造活動本来の動機というものが、確かにあった。アートに経済観念が不足していると指摘され続けており、私自身も京都という地方都市の「一ギャラリー」として突破口を探り続けているが、<産芸>協同をし得ないアートもこの日本には存在するという事実は直視しなければならないと思っている。

さて、そんなわけで、このたびは「文化庁メディア芸術祭 京都展」全体を観賞するというよりも、興味を引かれる個々の作品に目を留める結果になり、必然的に京都芸術センターでの特別展示"BEACON"にほとんどの時間を費やした。メディア・アートは、コンピュータや映像機器の組み合わせや使いこなしといった技術を理解すること(=種明かし)、視覚以外にどこに何を感じ取れるかといった楽しみ方がある。"BEACON" http://plaza.bunka.go.jp/kyoto/exhibition/は、各々がメディア・アートのベテランであるアーティストたちの共同作品だ。映像技術、映像素材、目の前にある機材の見せ方の美しさに加えて、空間が映像や機材や人とどう向かい合うか、インスタレーションとしての完成度の高さには間違いがない。BEACON PROJECT TEAMがアナログとデジタルをつなぐ世代である点では、どこか不器用に、不自由に現代を暮らす<人間>そのものへの深い思索があるとも感じ取れる。

"BEACON"(=灯台)の音も無く旋回する光の中には、どこかで知っているような風景の断片が映し出される。映像は反復し、重なったり、ずれていくように見える。無作為に詰め込まれた記憶が引き出されるかのようだ。中に、どこか地方都市のショッピングモール、埃くさいような巨大駐車場とその背後の旧工場群、セイタカアワダチソウが生い茂る息苦しさ、真夏の濃い影を落としまんじりともせぬトラックと空き地などが現れる。そこには、1000年に一度といわれる記録的な2010年の夏の温度が、くっきりと刻印されていた。映像は、匂いや温度を運んでくるのである。作品"BEACON"は、特定の刺激や情報を一方向から照らすのではなく、鑑賞者の体や精神のすみずみに、何かはっきりはしないがものすごく残るもの・・・を示してくれたよう思う。鑑賞者が無自覚にせよ、能動的にかかわる機会こそ、メディア・アートではないのだろうか。
(松尾 惠 VOICE GALLERY pfs/w)

文化庁メディア芸術祭ポスターイメージ
文化庁メディア芸術祭京都展 展示風景(手前:近森基++久納鏡子
《KAGE-table》2008)

文化庁メディア芸術祭京都展 展示風景
(手前:近森基++久納鏡子《KAGE-table》2008)

文化庁メディア芸術祭京都展 展示風景
文化庁メディア芸術祭京都展 展示風景

文化庁メディア芸術祭京都展 展示風景

特別展示《BEACON 2010》展示風景
特別展示《BEACON 2010》展示風景
特別展示《BEACON 2010》展示風景

特別展示《BEACON 2010》展示風景  ©西村浩一


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