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EVENT REPORT

イベント・レポート

松本和子個展「愛好家の面影」

2016 07 02
会 期: 2016年6月11日(土)〜7月2日(土)
会 場: MATSUO MEGUMI +VOICE GALLERY pfs/w
〒600-8061 京都市下京区富小路通高辻上ル筋屋町147-1
tel.075-341-0222
www.voicegallery.org
公開制作: 6月11日(土)、18日(土)25日(土)、7月2日(土)

手前味噌で恐縮なのだが、筆者の運営するギャラリーでのフレスコ画展を記録しておきたい。作家が古典技法を現代の表現に活かすことに成功している点、作家自身の希望による公開制作が一般の鑑賞者を強く惹きつけている点が印象的だからだ。

作家:松本和子は、大学で油画を学んだ後、大学院ではフレスコを専攻した。学部時代からの作品資料を辿ると、オリジナルな表現方法を求めて試行錯誤を重ねたことがよくわかる。最終的にフレスコ技法に行きつくが、偶然・必然の社会的な要因を糧とするのみならず、表現の内容と技法の相性の見極めもまた、作家の重要な才能のひとつだと強く感じる。松本は、フレスコ技法との誠実な取組みをつうじて、この2〜3年、表現者としての力を格段につけていると思う。

さて、フレスコとは、イタリヤ語で「新鮮な」を意味する絵画技法。西洋では、古くから壁画制作に使用されてきた。松本が在学した京都市立芸術大学には、漆喰壁を備えた実習室があり、学生は、壁に直接に描き、剥がし、削って使用している。本展で用いたブオン・フレスコは、「真の(正しい)フレスコ」の意味で、支持体に石灰・砂・水で練った漆喰を左官の要領で平らに塗り、漆喰が新鮮な状態、つまり硬化前の生乾きの間に、水溶きの顔料で描画する方法である。漆喰が乾燥する過程で生じる消石灰(水酸化カルシウム)の化学変化により、顔料は水とともに漆喰内部に取り込まれ、ガラス質の皮膜を形成しする。顔料が壁と一体化するため高い耐久性を持つ上、媒材(バインダー)を用いないので、発色が最高度に活かされる。ブオン・フレスコとともに用いられることの多いストラッポとは、「剥がす」という意味の修復技法。フレスコの彩色層のみを膠の吸着力によって漆喰壁から剥がし、麻布等の薄布に貼りつける。この技法によって、巨大な壁面でしか観賞できなかった絵画が持ち運べるようになった。本展では、60cm角のパーツ20枚によるブオン・フレスコの大作「愛好家の面影」をはじめ、ブオン・フレスコから剥がしとった(ストラッポ)絵画、ストラッポ跡画面そのものも作品として展示している。

公開制作では、漆喰塗り+描画、ストラッポをおこなった。現在(6月28日)は、剥がしとった描画面と、剥がされた跡である漆喰パネルの両方が展示され、見比べることができる。剥がされた跡のほうにも、色彩がところどころに残っていたり、漆喰が欠けていたりと、古代遺跡を見るようでたいへん美しいものである。展覧会最終日、絵を剥ぎ取るのに用いた膠を洗い流し、ストラッポが完成する。

新聞への情報掲載の効果があり、フレスコを知る機会と、公開制作には初めて筆者のギャラリーを訪れる中高年が多い。壁画やフレスコ研究者、画家、画材の専門家なども、現代的な制作方法や材料などに感心されている。筆者も、各過程の専門性や作家固有の工夫やこだわりが観察でき、公開制作の予想以上の意義に驚いている。技術や理にかなった材料というものは、表現の中身の解説よりはるかに説得力がある。日々、身辺では数限りない展覧会が開かれ、多くは生きている作家当人との対話の場だが、作家の独白に辟易したり、ただ作家という肩書きとだけの刹那的な出会いに思えることがある。それにひきかえ、松本は、古典技法がもたらす制約によって、自身を抑制し、表現行為を客観視し、作品の社会化に成功しているのだと思う。そういった作家自身の態度が、芸術全般への期待へと鑑賞者を導くのではないだろか。美術館の教育プログラムなどでも、表現の多様性を紹介し、自由に感応してよいと情操面に訴えるだけでなく、歴史や素材や技法などの情報伝達も大切ではないかと思う。

ところで、今回の個展のタイトルにもなっている作品「愛好家の面影」は、19世紀フランスの画家ピエール・ボナールと妻マルトのエピソードがモデルになっている。ボナールが描いた裸婦は、ほとんどがマルトをモデルにしており、「マルトは、病弱な上に神経症の気味があり、また異常なまでの入浴好きで、一日のかなりの時間を浴室で過ごしていたといわれています。ボナールはどのような気持ちで入浴しているマルトを描いたのか、マルトはどのような心持ちで日々を過ごしていたのか。このエピソードに対する興味と妄想は尽きることがありません。(松本和子)」。松本の作品にも、光に包まれたベッドやバスタブや窓辺などが、漆喰のヒビや剥落、ストラッポしきれなかったイメージの欠落部分などによって、幸福と不幸がないまぜになる時間を感じる。
(松尾 惠 MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w)

作品「シルエット」

作品「シルエット」
2016年/布に漆喰・顔料、ブオンフレスコ、
ストラッポ技法、57×40cm×2枚組

作品「愛好家の面影」

作品「愛好家の面影」
2016年/漆喰壁に顔料、ブオンフレスコ技法、
245×468cm(60cm×60cm×20枚)

公開制作で描き上げたフレスコ画(漆喰に顔料)にストラッポの準備として、膠で寒冷紗を貼り付けた。

公開制作で描き上げたフレスコ画(漆喰に顔料)にストラッポの準備として、膠で寒冷紗を貼り付けた。

翌週の公開制作で、膠を塗布した面を剥がす。
翌週の公開制作で、膠を塗布した面を剥がす。

翌週の公開制作で、膠を塗布した面を剥がす。


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