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KYOTO EXPERIMENT 2019|アミール・レザ・コヘスタニ/メヘル・シアター・グループ『Hearing』レヴュー聞くことの不確かさと世界の断片性文:金子智太郎(美学、聴覚文化研究)

2019 12 28

2019年10月に、京都で開催された国際舞台芸術祭 "KYOTO EXPERIMENT 2019"。会期中には日本を含む世界の6つの地域から11の公式プログラムが紹介された。AMeeTでは、美学・聴覚文化論研究者 金子智太郎氏による、アミール・レザ・コヘスタニの作品『Hearing』のレヴューを掲載。「女子寮で聞かれたひとつの声」から物語が始まる同作について、金子氏の専門分野からアプローチした批評を展開していただいた。

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写真提供:KYOTO EXPERIMENT
撮影:前谷開

1. ポスト・ディクション

例えば、外国語を学ぶときのことを思いだせば、耳がいかに多くの音を受けとっても聞いていないのかがわかる。私たちはあらゆる方向からたえずやってくる音のごく一部を聞いているに過ぎない。何を聞くのかは無意識に選ばれることが多く、受けとった音と聞いた音の境目にあるような音は、空耳かもしれないと感じる。しかも、他人が何を感じているのか、視覚なら視線を手がかりできるだろうが、聴覚はそれに似たものがない。

発達障害当事者のようなマイノリティの視点から、マジョリティが無自覚につくりあげている日常の行為のパターンを研究しようとする『ソーシャル・マジョリティ研究――コミュニケーション学の共同創造』は、会話をめぐる問題に多くの章を割いている。聞くことについてもマイノリティの視点からこんな質問が投げかけられる ※1 。「多くの人たちは、なぜ物音がしても聞きたい音だけを聞きわけられるのか不思議です」。「普通の人たちはなぜ声が小さくなっても聞きとれるのでしょうか」。こうした質問に対して、聴覚の科学は耳のしくみ、脳による補完、注意、音のバックアップ情報などを参照しながら説明する。しかし、「聞き間違いが多くて困っています」という質問に対しては、難しい質問だと答えている ※2 。不明瞭な音を聞きとるときに予測のメカニズムがいかに働くかをめぐる研究もある。さらに、「未来を予測するだけでなく、いま聞こえた音から過去の聞こえを修正する「ポスト・ディクション:post-diction」(予測:pre-dictionの反対語)のメカニズムの存在も議論されて」いるという ※3 。この議論が正しいなら、私たちの聴覚世界の過去は現在をもとにたえず修正されているのかもしれない。

イラン出身の脚本家・演出家アミール・レザ・コヘスタニが手がけた本作『Hearing』を見て、私はこの「ポスト・ディクション」という言葉が浮かんだ。本作の主人公が過去に聞いた音をめぐってくり返し思いをめぐらせるからだ。女子寮に暮らす学生のサマネは、大晦日に友人のネダの部屋から男性の声を聞いた。そして、寮の鍵を預かる年上の女学生に二人が呼びだされるところから物語がはじまる。本作のタイトルには声を聞くことと二人への聞きとりという二つの意味がこめられている。

『Hearing』ダイジェスト映像

※1 綾屋紗月編著、他『ソーシャル・マジョリティ研究――コミュニケーション学の共同創造』金子書房、2018年、92頁。

※2 同上、124-125頁。

※3 同上、129頁。

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