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朝靄の道行文:木ノ下 裕一(木ノ下歌舞伎 主宰) 絵:ヤマガミ ユキヒロ(現代美術家)

2014 05 04

「夢か現か―。この靄は、都市が吐く〈息〉なのだな、と、朦朧(もうろう)とする意識の中で、今更ながら、思った。」
木ノ下裕一(木ノ下歌舞伎)による初の短編小説。昭和60年生まれの著者による、伝統芸能の巨匠や登場人物たちへの敬意と偏愛が凝縮された私小説的文学作品。

文:木ノ下 裕一(木ノ下歌舞伎 主宰) 絵:ヤマガミ ユキヒロ(現代美術家)

発端

たとえば、江戸時代末期の劇作家・鶴屋南北に連れられて、一緒に芝居見物したことがある。『東海道四谷怪談』初演を江戸中村座の桟敷で、並んで観た。芝居を眺めながら、南北先生、少し納得のいかない顔をしていた事をはっきり覚えている。ある時は、明治の名優・五代目菊五郎から『勧進帳』の芸談を聴いた。しゃべりながら煙管をもてあそぶ音羽屋(きくごろう)の指が妙に美しかった。またある時は、昭和初期の芝居町・道頓堀を東から西に向かってひやかしながら歩いた。芝居小屋から途切れ途切れに漏れ聴こえる義太夫はたしか『壺坂霊験記(つぼさかれいげんき)』だったと思う―。

百夢に一夢ぐらい、こんな不思議な夢をみる。わたしは、これらの夢を後生大切に想うことにしている。掌で珠を転がすように、時より、夢の数々を大事に反芻したりもする。〈夢枕に立つ〉という言葉があるように、この夢たちは、もしかしたら、〈だれか〉がわたしに語りかけようとした痕跡かもしれないからだ。

夢だけではない。街を歩いていても「あ、いま、〈だれか〉に語りかけられているな」と思う瞬間がある。たとえば、東京文京区の円乗寺で八百屋お七の墓に手を合わせていた時、限りなく透明な空気に包まれたような感覚がおとずれ、「あぁ、お七ちゃんはすでに成仏しているのだな」と直感した。夕暮れ時に大阪の名刹・四天王寺の、閑散とした広い境内を歩くと、いつもきまって頭痛にみまわれる。古来から今日まで、何億人という参詣人の夥しい〈願〉が、巨大な渦となって襲ってくるような気がするからだ。四谷の於岩稲荷(おいわいなり)の、庵のような可愛らしい社殿の中から境内の木々を眺めていたら、「いま、となりお岩さまがいます」と皮膚の感覚が教えてくれた。せっかくなので心の中であれこれ聞いてみたら、ちゃんと反応があって、小一時間、言葉を使わない会話を楽しんだ。

―どんな街でもかならずそこには〈歴史〉があって、潜んでいる〈文化的記憶〉がある。目には見えないけれど、少しの知識と、それらに触れたいという気持ちさえあれば、その一端を感じることができる。まして、京都なら、なおさらのことだ。

京都という土地は、街の変貌を極力避けようとする。都市の〈骨〉ともいうべき東西に網目の如く走る道も、〈毛細血管〉のように細い路地も、それらにくっ付く〈肉片〉のような古風な名前の町々も、〈都市という身体〉をさほど変えずに残っているから、遙か平安朝の絵地図であっても、現代の街並みに容易にトレイスできる。〈江戸〉という都市が、地下数メートルに埋もれ、地層の一部に成り果てて、その面影さえ見つけることが困難な東京にくらべて、これは驚くべきことだ。

一度、京都を歩きながら、その〈文化的記憶〉の中を、思いっきり遊んでみたいと、常から思っていた。
で、矢も楯もたまらず、街に出ることにした。
―京都には、逢いたい〈ひと〉が、たくさんいる。


木ノ下裕一 KINOSHITA Yuichi
(木ノ下歌舞伎 主宰)

木ノ下裕一 KINOSHITA Yuichi

1985年和歌山生まれ。小学校3年生の時、上方落語を聞き衝撃を受けると同時に独学で落語を始め、その後、古典芸能への関心を広げつつ現代の舞台芸術を学ぶ。2006年に古典演目上演の演出や補綴・監修を自らが行う木ノ下歌舞伎を旗揚げ。3カ年継続の滞在制作プロジェクト「京都×横浜プロジェクト」で注目を集め、2014年にはCoRich舞台芸術まつり!2014春グランプリ受賞した『黒塚』、展覧会形式の『木ノ下歌舞伎ミュージアム"SAMBASO"~バババっとわかる三番叟~』、上演時間6時間に及ぶ『東海道四谷怪談―通し上演―』を成功させるなど、話題を呼んでいる。
主な演出作品に2009年『伊達娘恋緋鹿子』など。その他古典芸能に関する執筆、講座など多岐にわたって活動中。
急な坂スタジオサポートアーティスト(2013年度~)。2014年度セゾン文化財団ジュニア・フェロー。京都造形芸術大学大学院卒業。現在博士論文執筆中。研究テーマは「武智歌舞伎論~近代における歌舞伎新演出について」。

木ノ下歌舞伎
http://kinoshita-kabuki.org/

AMeeT Column
「冥府への木戸をくぐるー。〈京都と伝統芸能〉」
http://www.ameet.jp/column/
column_20120831-4/


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