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朝靄の道行文:木ノ下 裕一(木ノ下歌舞伎 主宰) 絵:ヤマガミ ユキヒロ(現代美術家)

2014 05 04

「初めてお目にかかります」「御尊敬申し上げております」「昔からのファンです」「お変わりはありませんか」…言いたいことが山ほどあって、第一声がまとまらない。窒息気味の金魚のように口をパクパクしているわたしを、あんつる先生が見かねてか、何かに気が付いたようなふりで、
「おや」
と、いった。
そういえば万亭の中から三味線の音が聴こえる。上方唄だ。
「春昇(しゅんしょう)さんですよ、ほら富崎検校(とみざきけんぎょう)、ね。検校も京都にお出でになっているんだね。いいところに通りかかったもんだ」
先生の顔はほのかに昂揚している。山城のお師匠っさんは静かにうん、うん、とうなずく。

〈花も雪も払えば清き袂かな ほんに昔のむかしのことよ…〉

富崎春昇師の凛とした声が聴こえる。言わずと知れた名曲「雪」の冒頭。
「いつ聞いても、素晴らしいね。わたしが死んだら、何にもいらない、ただ春昇さんの〈雪〉のレコードをかけてくれってね、家の者にいつもそう言ってあるんだ。浮世の泥も世間の塵も、ぜんぶ洗い落される心地がするじゃないか。どんなに有り難い念仏も、春昇さんの声には敵わねぇ」
そういい終わると、あんつる先生は目を閉じて再び聴き入る。山城のお師匠っさんも「ほんまによろしなぁ」とため息を吐いたきりあとは何も言わない。景清さんも黙って聴いている。

春昇師は盲目である。その芸の道は想像を絶する厳しいものだったに違いない。にもかかわらずだ、にもかかわらず、師は「また生まれ変わっても、出来ることなら来世も富崎春昇に生まれて、上方唄を歌いたい。その時は、今よりもっとわかりやすく、歌いたい」と言って憚らないそうだ。思えば、目の前のお二人にしても、同じような想いだろう。山城のお師匠っさんは、きっと次も豊竹山城少掾に生まれ変わり、義太夫の芸により磨きをかけたいと思っているだろうし、あんつる先生は、来世もやっぱり安藤鶴夫として、芸の尊さ、人の志に迫る文章を書き続けたいと願っているだろう。ほんの小者のわたしでさえ、今度もまた日本に生れ落ちて、色とりどりの〈芸〉を見聴きしたいと思う。しかし、果たして景清さんはそう思うだろうか。また、悪七兵衛景清として同じ人生を歩みたいと考えているだろうか。そうは思えないのではないだろうか。それが、いっそう不憫に感じられてきた。残りの芸の道を来世に託した、この盲目の検校の切々とした唄は、「もうなにも見たくない」と自棄になって自分の両眼をえぐりかねない景清さんにどう聴こえているのだろうか。

〈わが待つ人も吾を待ちけん…〉

ああ、そうか。きっとあの人のことを想いながら、聴いているのだろう。景清さんの帰りをずっと待っているあの人。源氏に追われ、離れ離れになった時から、逢いたくても、なかなか逢えないあの人。五条坂の遊里で、袂のほころびを直してもらったり、急な時雨に唐傘を借りたり、雪の日に煙草の火を借りたりしていたちょっとした縁で、しだいに深く付き合うことになった遊女の阿古屋さんだ。何でも最近は、景清さんのことを思って、しきりに三味線や琴や胡弓を奏でているらしい。そのことを景清さんが知らないはずがない。もしかしたら、今日、清水寺に詣でたのも、観音様への参詣はほんの建前で、阿古屋さんに逢えると思っていたのかもしれない。生憎、さっき通った五条坂には、遊里はすでになく、排気ガスをまき散らせながら、自動車が行き交う、味気ない灰色の坂道になっていた。

歌が、三味線の合方に変わった。この合方は通称〈雪の合方〉といって、芝居や落語の雪の場面で演奏されることが多い。申し合わせたように、急に雪が激しくなってきた。
あんつる先生、大きなくしゃみを一つして
「本当に芝居のように間を心得た雪じゃねえか。風邪をひいちゃまずいから、お先に失礼するよ。これから四条の〈ちもと〉で一杯やるんだ」
「先生、トーニョー病なんですから呑んじゃいけませんよ」
「なーに、わかってるよ。ちょっとお師匠っさんにお付き合いするだけさ」
そう言うと、二人は雪の中に消えていった。
景清さんは、まだ、雪の合方を聴いている。


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