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朝靄の道行文:木ノ下 裕一(木ノ下歌舞伎 主宰) 絵:ヤマガミ ユキヒロ(現代美術家)

2014 05 04

芝居の幕開きを知らせる柝の音がして、先生は足早に〈巨大な仏壇〉の中に入っていった。我々二人は、さしたるあてもなく、四条大橋を渡ることにした。

夕暮れ時の〈四条大橋〉は美しい。高層ビルが少ない京都でも、道が狭いせいか、狭苦しさを感じることがあるが、ゆえに空が見渡せる橋の上からの眺めは格別だ。蒼然暮色―。空にはところどころ桃色の雲が浮かび、眼下に広がる土手に咲く満開の桜の色と、ちょうど対になっている。気の早い店は、すでに川べりに床を出しており、暖色に輝く、先斗町の灯りが眩しい。浜には、お手軽な花見のつもりだろうか、缶ビールを片手に、談笑している若者の姿がちらほら見える。千差万別の春景色だ。

「いーよぉ!誰かと思えばぁー」
橋の上で、威勢よく声をかけられた。向こうから歩いてくる二人組は、たしかに喜六と清八だ。この落語国に住まいする名コンビは、たしか念願の伊勢参りに出るといって、しばらく上方を離れていたはずだが。

「喜六・清八のご帰還、ご帰還。いやー、伊勢の古市で、性の悪い遊女(おやま)に引っかかってな、気が付いたら二人ともカラッケツや。こっちの懐具合をまんまと読まれてんねやがな、阿呆らしもない。ようようの体(てい)で今、京についたわけやねんけど、なんやな、腹が立つやないかい。京の人間は薄情やと、前から聞いてたけどもな、ここまでやとは思わなんだ」
しゃべりの清八が息もつかず捲し立てた。その横で喜六はニコニコしている。
「なにがそんなに気に入らんねん」
二人につられてわたしもつい落語口調になる。
「なにがて、そうやないかい。さっき三条大橋を渡ったんやけどな。あそこの西詰に何があったと思う。銅像や。それも〈弥次喜多〉の銅像やで。阿呆かいな。上方で、旅人ゆうたら、わしら〈喜六清八〉やないかいな。それを江戸者(えどもん)の銅像を嬉しそうに立ててからに。ほんま胸糞悪い。十返舎一九がなんぼのもんやねん」
「せやけどな、清(せえ)やん、わたいは銅像になりとうないで。雨が降ろうが、風が吹こうが、あんなとこで日がな一日じーとしてんのかなわん。だいいち、便所にも行けんがな、どこで糞(ばば)したらええねん」
「お前は黙ってたらええねん!」
「せやけどな、清やん、わたい、昨日、大津の宿屋の壁土食べたやろ。あれから腹くだして、具合悪いねん。糞しとうてしゃーない」
「阿呆やなお前は、皆(みな)に煽てられて、いちびってあんなもん喰うからや。隣の客が言うてたで、『あんたのお連れさんは、白蟻みたいなお方ですな』。わしゃ恥ずかして、顔から火がでたわい」
上方屈指の名コンビは健在だ。

清六が「それはそうと、そちらさんは?」と尋ねた。隠す理由もないので、景清さんだと答えると、さすがの二人も驚いたようで
「へー、芝居や浄瑠璃でよう見せて貰(もろ)てますが、ほんまもんですか。なんや思てたお方と、だいぶんにちがいまんな。ほれ、芝居では、牢を蹴破ったり、長刀振り回したり、えらい物騒なお方と思てましたが」
喜六がすかさず
「これ、噛みまへんか?」
「失礼なこといいな。見世物(みせもん)の蛇やあらへんのやから、噛むかいな。それはそうと…」
清八が続ける。
「それはそうと、せっかく時節のええ頃に京にきたんやさかい。舟遊びでもしようと思てまんねん。川は人が多いよって、いっそ、のどかな大沢のお池でね。よかったらお連れさんもご一緒に。え、勘定が高うつきまっしゃろって?これやから京の人間はしみったれであかん。そんなもん、どないでもなりまんがな。先斗町にちょっと顔のきく、馴染みの茶屋がありまんねん。どうでやす?」
続けて喜六が
「せやけどな、清やん、舟は板一枚下は地獄で、わたい、怖いねん。やめとこうなぁ。だいいち、舟ん中で糞しとなったら、どこでしてええんかわからん」
「お前は、ちょっと糞からはなれぇ!」
景清さんが、思わずクスリと笑った。


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