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FEATURE

特集

KYOTOGRAPHIEにおける〈まなざし〉の諸相
京都グラフィー レビュー 寄稿:林田新

2013 04 29

また、対象を「消費財」とする写真の用法の一つが、広告写真やファッション写真である。誉田屋源兵衛・黒蔵の会場には、ジェーン・バーキンとジョン・バリーの間の娘であり、シャルロット・ゲンズブールを妹に持つファッション写真家、ケイト・バリーが撮影したセレブリティの写真が一階に、2011年の東日本大震災で甚大な被害を被った南三陸町を彼女が撮影したジャーナリスティックな写真が二階に展示されている。趣向を凝らしセレブリティのイメージを構築する彼女の〈まなざし〉が被災地にどのように向けられているのかを、例えば、アンスティチュ・フランセ関西に展示された、同じく被災地を撮影した小野規の写真、あるいは、震災以後、様々に流布した震災に関する映像群と比較し検討することは意味のあることだろう。震災以後、それにまつわる膨大な量のイメージが生み出されてきたのであり、震災と映像の問題――例えば、スーザン・ソンタグの著書名を援用するならば『他者の苦痛へのまなざし』をめぐる問題――をめぐって様々な議論がなされてきたからである(※5)。

京都文化博物館別館に展示されたマリック・シディベのポートレートには、また異なった〈まなざし〉の在り方を見ることができる。彼の写真にうつる1960年代70年代のマリの若者たちの表情は、例えば先に見たアイヌの家族たちのそれとは随分と異なっている。着飾った彼/彼女らが浮かべる微笑みは、その時間を共有していること、あるいは、写真に撮られることの喜びに満ちている。その写真からは、不可視の撮影者であるマリック・シディベと若者たちとの間の気のおけない親密な関係が透けて見える。しかし、マリック・シディベのポートレートを満たす、撮るものと撮られるものとの交歓の喜びは、その完結性ゆえに、その写真を見る観客を置き去りにしてしまう。ポートレートに添えられた「ハヤンの旅立ち」、「1974年10月25日の夜」といったキャプションは、私たちに何の情報も与えてくれないのである(※6)。そうした彼の写真にいかなる〈まなざし〉を向けるのかが観客に問われている。

このように、KYOTOGRAPHIEに出展された写真は、多かれ少なかれ、顕在的・潜在的に、「観光のまなざし」、あるいは他者・他所に〈まなざし〉を向けることの諸相が主題化されている。さらに、KYOTOGRAPHIEという国際写真フェスティバルそのものにも「観光のまなざし」が深く関わっていることについて言及しておく必要があるだろう。それは、展示場所に選択されたメイン会場に端的に表れている。すなわち、二条城を始め、豊臣秀吉の正室である高台院が晩年を過ごした圓徳院、400年以上続く代々の清右衛門が工夫を凝らした茶の湯釜を所蔵する大西清右衛門美術館、平安時代の歌人である西行ゆかりの西行庵、京町家の奥に設けられた誉田屋源兵衛・黒蔵、1500年代から続く和菓子屋虎屋といったように、まさに国内外の観客=観光客が期待する〈京都っぽさ〉に答えてくれるであろう場所が会場に選択されているのである。展示方法に目を向けてみても、和室での展示、軸や屏風、襖に表装された写真のいかに多いことか。KYOTOGRAPHIEの展示会場をめぐる観客は、その傍らで観光客として京都の町をめぐり、自らが期待する〈京都っぽさ〉を見出し、それを消費していくのである。KYOTOGRAPHIEにおいて写真と観光はアーリが指摘していたのとは異なった形で親密な関係にある。もちろん、国際的でありながら地域性を確保する必要があるこの種のイベントを開催するにあたり、「そうだ 京都、行こう。」のキャンペーンが形成するような〈京都っぽさ〉のイメージを内面化し活用することは一定の効果があるだろうし、これだけの規模でそれを実現できたことは喜ばしいことなのかもしれない。しかし、その一方で、そうした〈京都っぽさ〉を積極的に相対化し、揺り動かすような試みがあっても良かったのではないだろうか。例えば、京都が纏う〈京都っぽさ〉の〈化粧〉を鋭く活写した東松照明の「京都マンダラ」が展示されていたとしたら趣は随分とことなったものとなっていただろう。とはいえ、まだ第一回である。来年以降も続いていくであろうKYOTOGRAPHIEが、今後どのような「京都」を観客に向けて「描いて」行くのかを期待したい。

※5)スーザン・ソンタグ『他者の苦痛へのまなざし』北條文緒訳、みすず書房、2003年。また、震災と映像を巡る議論として、以下を挙げておく。
門林岳史「カタストロフの映像はいま?」(http://www.yebizo.com/jp/forum/essay/kadobayashi/essay1.html)、
「カタストロフに寄り添う映像──震災ドキュメンタリーをめぐって」(http://10plus1.jp/monthly/2012/03/post-38.php)、
拙稿「瓦礫の中の写真 ――震災と映像――」
http://www.ameet.jp/digital-imaging/digital-imaging_20120531-3/)、
報告文「災厄の記録と表象――3・11をめぐって――」
http://repre.org/repre/vol14/conference06/special/

※6)その代わり、会場には写場の書割が設けられており、写真に撮られることの楽しみを改めて体感することができる。

© Kate Barry

© Kate Barry

39.651180 141.970554, Takonohaman “Octopus’s beach”, Miyako, Iwate prefecture. January 1. 2012. 296 days after © 小野規

39.651180 141.970554, Takonohaman “Octopus’s beach”, Miyako, Iwate prefecture. January 1. 2012. 296 days after © 小野規

Nuit de Noël (1963) Courtesy MAGNIN-A
 © Malick Sidibé

Nuit de Noël (1963) Courtesy MAGNIN-A
© Malick Sidibé

© Olivier Valsecchi , Hasselblad Masters 2012

© Olivier Valsecchi , Hasselblad Masters 2012


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