26, Jan 2018

都市空間と自律的文化へのアプローチ
――マンチェスター・ジン・シーン・レポート(1)
:サルフォード・ジン・ライブラリー

村上 潔(女性史研究者)

この連載では、「都市空間と自律的文化」というテーマにアプローチする(※1)。その手がかりとして、イギリス・マンチェスターのジン・シーンに注目する。

ジン(Zine)とは、「ファンジン(Fanzine)」の略語で、有志による非営利・少部数の自主制作出版物を指す。パーソナル(個人的)でありつつポリティカル(政治的)であること、DIY(Do It Yourself)の精神にもとづくアンダーグラウンドかつアマチュアリズムの活動であること、創作のなかにジェンダー・人種・階級・差別・抑圧など様々なテーマが内包されていること、パンク、アナキズム、ライオット・ガール・ムーヴメント、第3波フェミニズム、クィア・カルチャー、マイノリティ運動の発展に大きく寄与してきたこと、などがその特徴として挙げられる(※2)。

日本では2010年代以降、そのアート・ファッション的な側面に特化した受容が進み、東京を中心として各地で、スキル伝授を目的とした若者向けの「ジン制作ワークショップ」が多く開催されるようになった(そのなかにはジン・カルチャーの基本理念から外れた、有料のものもある)。一方で、一部の例外を除き、ジンを自分のペースで好きなように作ったり、ジンをみんなの前で読んだり(リーディング)、ジンについて語り合ったりするための定期的な集まり(ミーティング)や、ジンを収集(アーカイヴィング)し、それを共有(シェア)するといった活動は、立ち遅れてきた。

そこで、「自律的文化」の意義を重視するこの連載では、いわゆる「ブーム」の裏側にある取り組みの重要性について伝えていきたいと考えている。

次に、なぜマンチェスターか。もちろん、イギリス最大のジン・シーンはロンドンにある。専門のジン・ライブラリーをもつ大学図書館や美術館があり、イベントやミーティングも毎週のようにどこかで開催されている。だがその恵まれた状況は逆に、街の雰囲気を感じられるローカルな文化や、生活のリズムに密着した文化のありかたを捉える際にはデメリットになる。ロンドンだから(日本でいえば、東京だから)成り立つ特殊性から文化を捉えるよりも、どこでも成り立ちうる普遍性から文化を捉えるほうが――とりわけ、「京都」のような都市の文化シーンを考えるうえでは――有益なのではないかと筆者は考える。そうした問題意識のもと、2017年12月13日から19日にかけて、「マンチェスターにおけるジン・ライブラリーならびにジン・シーンの現状調査」を実施した。この連載はその成果をまとめたものとなる。

※1)もちろん、都市空間“の”、でもあるのだが、そこに収斂されない要素もふまえて、また、双方の関係性それ自体を重視する意味で、“と”でつなげることにした。

※2)ジンに関する簡潔な紹介のうち、Web上で日本語で読めるものとして、野中(2017)がある(参考文献・参照リンクは記事末尾に一覧)。


村上 潔 MURAKAMI Kiyoshi
村上 潔 MURAKAMI Kiyoshi

1976年、横浜市生まれ。湘南経由、町田市育ち。
2002年から2005年まで、『remix』誌(アウトバーン)に、主に映画・音楽に関する記事を寄稿。その後、『音の力 〈ストリート〉占拠編』(インパクト出版会)、『VOL』誌(以文社)などに寄稿。
2009年、立命館大学大学院先端総合学術研究科一貫制博士課程修了。現在、立命館大学衣笠総合研究機構(生存学研究センター)客員研究員、神戸市外国語大学非常勤講師、立命館大学産業社会学部非常勤講師。専門は、現代女性思想・運動史。
著書に『主婦と労働のもつれ――その争点と運動』(洛北出版、2012年)など。現在の主たる研究テーマは、フェミニスト・アーカイブ活動(Feminist Archive Action)、フェミニスト・ジン・シーン(Feminist Zine Scene)、ジェントリフィケーションと女性コミュニティ(Gentrification and Women's Community)。

著者紹介ページ

村上潔
(arsvi.com:立命館大学生存学研究センター)
http://www.arsvi.com/w/mk02.htm

AMeeT Column

「京都の女性運動と「文化」 第1回(全3回):序論――女のスペース〈シャンバラ〉の活動から」
http://www.ameet.jp/column/column_20140505/

「京都の女性運動と「文化」 第2回(全3回)――〈シャンバラ〉以後、1980年代のリブ運動」
http://www.ameet.jp/column/column_20140708/

「京都の女性運動と「文化」 第3回(全3回)――1990年代、リブとして生き続けることの模索」
http://www.ameet.jp/column/column_20140926/


最初にこの連載で取り上げるのは、〈サルフォード・ジン・ライブラリー/Salford Zine Library〉(以下、「SZL」)である。

SZLは、2010年1月、自主制作出版物をシェアすることを目的として、クレイグ・ジョン・バールによって設立された。現在の中心運営メンバーは、スティーブ・カールトン、エリザベス・マリー・ジョーンズ、チェリー・スタイルズ(※3)、イングリット・フランシスである。

SZLが位置するのは、マンチェスターの中心部、デール・ストリートにある〈ネクサス・アート・カフェ/Nexus Art Cafe〉(以下、「NAC」)のフロアの奥の一室。NACに空間を提供してもらっている形態だ。NACは毎日営業しており、その営業時間がそのままSZLのオープン時間となる。常駐スタッフはおらず、無人の状態で公開されている。いうまでもなく、出入りは自由で、入室は無料である。ただ、NACをサポートする意味を込めて、来室者にはNACでドリンクかフードを注文することが推奨されている(※4)。

SZLに一歩入ってまず目にとまるのが、入口の扉一面に描かれた見事な絵だ【画像1】。これは、2015年にジンスタ(※5)でイラストレーターのポリー・リチャーズによって描かれたもの。愛らしい猫たちが自由に宇宙遊泳する姿はなんとも夢があり、ジンの、そしてジンスタたちのもつ創造力の豊かさを象徴しているようだ。

室内にあるものは、ジンの所蔵スペース、ソファ、椅子、そしてジンを投函するポスト、に大きく分けられる【画像2・3・4】。ジンは、いわゆる①「面出し」・②「平積み」・③「棚差し」の3パターンで所蔵・公開されており、①→③の順に割合が多くなる。①は定期的に入れ換えられているようで、タイミングによっては空白のスペースもある。②は、同じジンが平積みされているわけではなく、一点一点違うジンが折り重なって積み上げられている。③は、いちばん奥の棚のみジンが厚紙のフォルダに入れられているが、それ以外は「裸」の状態で棚に差し込まれている。②・③は容量的にほぼ飽和状態であり、一部、ジンが棚から床に落ちそうになっている箇所もある(※6)。来室者は、いずれの資料も自由に手に取って閲覧することができる。中央部にあるソファは、ゆっくりと腰を下ろしてジンを読むのに適している。また、ライブラリーのスペースの狭さは、同じ空間に居合わせた者同士が自然にコミュニケーションをとることを容易にする。筆者も、ふらっと入ってきてジンを眺めていた女性の来室者と会話を楽しむことができた(※7)。カフェスペースにジンを持ち出すことも可能だが、閲覧後に戻すことが条件。貸し出しは行なっていないので、ジンを持ち帰ることはできない。

ユニークなのは、やはりポストの存在だ【画像5】。ジンの寄贈は郵送でも可能だが、「この場で」オリジナルのポストに投函するという行為はまた格別なもの。遊び心をくすぐられるし、このライブラリーの成長に自分が寄与していることを実感できる。筆者も自分の寄贈物一式を封筒に入れて投函した【画像6】。

SZLは、寄贈を受け付けるにあたって、審査をしないという方針を掲げている。つまり、自主制作出版物であれば何でも受け入れるということ。同様に、キュレーションをしない、という方針も明らかにしている。この背景には、「自分たちは趣向に関する権威者になりたくはない」という意向がある(※8)。コレクションには、フットボール(サッカー)・フェミニズム・ヴィーガニズム・詩、等々、多様なテーマ・形態のジンがあり、イギリス以外の地域で作られたものも含まれている。

※3)フェミニスト・ジン『チャペス・ジン(The Chapess)』の発行者として知られるジンスタ(※5 参照)。ハダースフィールドを拠点とし、イギリス各地でジン・ワークショップのファシリテーターを務めるなど、精力的に活動している。
http://cherrystyles.co.uk/

※4)NACは、インクルージョン・リスペクト・ホスピタリティの精神を基盤としたコミュニティを構築することを目指す創造的スペース。非営利カフェならびにアート・イベントの会場として運営されている。スペースは、新進のクリエイティヴな専門家たちの作品を展示する、ローカルな草の根組織の手助けをする、持続可能なコミュニティの発展を目指して利用者たちと共同作業をする、といったかたちで活用されている。また、利用者がリラックスできるセーフ・スペースを構築するため、アルコールとドラッグを排除している。

※5)制作やディストリビューションなど、ジンに関する活動をする人たちの呼び名。「Zinester」。

※6)所蔵しているジンの数は、現在のWebページ上の記載では「約1500」となっているが、おそらく実数は(さらに増えていて)それよりも多い。

※7)彼女はジンスタではなく、クリスマスプレゼントの買い物の途中でNACに立ち寄り、SZLを見つけて軽い気持ちで入ってみたとのこと。「まだ自分で作ってはいないけれど、こういう文化に興味がある」と語っていた。その後、明日イギリスに帰国する彼女の友人が日本で働いているという話になり、話が進むうちに、その友人の勤務先がなんと私の出身大学であることが判明した(!)。ジンが呼び起こしたミラクル(?)。

※8)ただし、差別的な内容のジンの受け入れを拒否する可能性は否定していない(Britton 2013)。

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SZLは非営利機関であり、寄付と助成金で成り立っている。運営メンバーの活動に対価は支払われない。収蔵しているジンはジン制作者・収集家たちからの寄贈によるもので、寄贈に対して支払いがなされることはない。完全にドネーション・ベースで成り立っている。つまり、DIYと相互扶助の精神が完徹しているということ。SZLはこう語りかける。「私たちはあなたの〔提供してくれる〕ジンにお金を払うことはできない。残念だけどね。でもあなたは、このライブラリーがコレクションを増加させていく一翼を担う、というスリルを楽しむことが“できる”んだよ」(筆者訳。〔〕内は筆者による補足。“”内は原文における強調箇所)。

SZLは、所蔵するジンのカタログ化・デジタルアーカイブ化を進めている。その成果はサイト上で検索・確認することが可能だが、現時点でサイト上に公開されているデータは、全体の一部である。

またSZLはアーカイブの運営だけでなく、ライブラリー内外でのワークショップや展示といった活動にも精力的だ。スペース内では、ジン・リーディングのイベントや特定のプロジェクトによる企画展示が不定期で開催されている。スペース外では、大学・ギャラリーやブックフェアなどのイベントに出張する機会も多い(※9)。ジン・カルチャーとDIY文化の裾野を広げるため、教育・文化・アートに関わる多様な機関との連携関係を構築している。もちろん、各地で開催されるジンフェスト/ジンフェアにも積極的に出向き、ブースを出してライブラリーの活動をアピールしている。

そうしたライブラリー外での活動でも特に重要なのが、《ノースウェスト・ジンフェスト》の存在だ。このマンチェスターを代表するジンフェストは、SZLの運営メンバーによって運営されている。これまで、2015年5月30日(於:The Star and Garter)・2016年6月18日(於:Islington Mill)に開催された。2016年には最終的に41のジンスタがストール(※10)を確保しており(もちろん、それ以上に多くのジンスタがフリー参加している)、ジンフェストとしての規模は大きい。プログラムには各種ワークショップにとどまらず、ジン・リーディングやオープンマイクも設定されており、ジン・カルチャーの精神を忠実に実践しているフェストである。残念ながら2017年は開催されなかったが、フェストのツイッターからは、2018年に何らかの動きがありそうな予兆が感じられ、楽しみだ。

※9)フェイスブックページの「イベント」欄を見ると、2014年1月から2017年2月までの関連イベントのリストを確認できる。

※10)日本では「ブース」という呼称が一般的。具体的には長机1台もしくは1/2台分のスペースを指す。通常、ジンフェスト/フェアでは、開催前に公式サイトやSNSを通じて公募がなされる(小規模なイベントを除く)。


SZLの最大の特長であり魅力であるのは、そのオープンさ(敷居の低さ)・親しみやすさ(温かみ)である。おそらくここには、マンチェスターという都市の特性が何らかのかたちで関係している。つまり、ロンドンのように巨大な都市ではないため、[1]アート・メディア「業界」の影響を直接受ける度合いが少なく、[2]様々な領域で活動している学生・アーティスト・アクティヴィストらが出会い、共同で創作活動を始めることを促す環境があり、[3]生活のペースも比較的緩やかである、といった側面が、こうした場のありかたに何からの作用をしているのではないか、ということだ(※11)。

一方、上述の特長・魅力の反面には、長期に渡りシステマティックな(一定のペース・レベルを保った)運営・活動を継続させていく見通しを立てにくい、という「課題」もある。

大学図書館・公共図書館のなかの「ジン・コレクション」とは異なり、SZLは、まさに文字通り「有志」の「少人数」によるコレクティブが、多面的で緩やかな相互扶助関係のもと、手弁当で、できる範囲の活動を維持している(この特徴はいうまでもなく、「ジン」という媒体そのものの特徴と共通している)。そこには、予算や制度の面での「安定性」はない。ふつうにみればこの運営形態は「脆弱性を抱えている」と評価されるようなものかもしれない。専門家は「もっと“ガバナンス”の強度を上げることが課題だ」と提言するかもしれない。しかし、ジン・カルチャー/DIY精神の立場からすれば、そのような理念こそが「対抗」すべきものであるともいえる。

つまり、SZLの「これから」を左右するのは、運営メンバーの熱意や努力だけではなく、というよりもむしろ、SZLと何らかのかたちで関係をもつジンスタたちの熱意や努力なのだろうと思う。それはとてもジン・カルチャーらしくて、「スリリング」であると同時に素敵なことである、と筆者は思っている。

追記

さて、そのSZLは、NACのアクセシビリティ向上のための改装にともない、2018年1月22日より一時閉室期間に入っている。近日中に、NAC内のより入口に近いスペースで、より滞在しやすい条件を整えた環境で、本格的に再オープンする予定。なお、閉室期間中は、カフェ内のどこかにミニ・ジン・ライブラリーを設置する予定だ。

※11)本連載の第3回で、特に[2]の側面に大きく関係する、都市内部の自律空間に焦点を当て、この問題を掘り下げていく。また、その他の要因については、今後、現地のジンスタたちとの意見交換などを通じて継続的に調べ・考えていきたい。


参考文献・参照リンク


都市空間と自律的文化へのアプローチ
――マンチェスター・ジン・シーン・レポート(1)
:サルフォード・ジン・ライブラリー

Category: Column





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