11, May 2010

マヤブルー:古代マヤ文明のロマンを現代に再現する

瀧川 隆弘 ターナー色彩(株) 研究開発室

青、蒼、碧、紺、エジプトブルー、ペルシャブルー、ラピスラズリ・・・、様々な青は古代から人々を魅了してきましたが、その中でもジーンズや藍染めの浴衣で馴染みのある「藍」は耐久性のある唯一の植物性青色素として古代から現代まで世界中で親しまれています。最も古くはBC2000年頃、エジプトのミイラに藍で染めた麻布が見られますが、インドにおいてもBC2000年頃に始まり、やがて古代ギリシャやローマへ輸出されるようになり、それが藍の成分であるインジゴの語源となっています。中国では薬用としても使われ、荀子の格言「青は之を藍に取りて、藍よりも青し」が生まれる元となりました。中世ヨーロッパでは希少な染料としてBlue Goldといわれたりしましたが、日本では「庶民の色」として好んで広く使われたことから海外ではジャパンブルーと呼ばれることもあります。また、江戸時代の浮世絵や17世紀頃の油彩画にも使われたとの研究もあります。(右:インジゴの化学構造式)

このように世界各地に広がる藍の染色技術ですが、一昨年にかけて各地で開催された「インカ・マヤ・アステカ展」や、2012年マヤ歴人類滅亡予言などでブームとなった中南米においても、古くから発達していました。

背景にマヤブルーを使った戦士像

背景にマヤブルーを使った戦士像

8世紀メキシコ・マヤ遺跡ボナンパックの壁画の顕微鏡写真出典

出展Wikipedia


マヤ、アステカに代表される、メキシコ及び中央アメリカ北西部に発生したメソアメリカ文明は紀元前1250年頃のオルメカ文明に始まり、アジア、ヨーロッパ、アフリカの三大陸からは隔絶された環境で約2500年の間、外部世界の影響や干渉を受けることなく独自の発展を遂げました。その文明は、今なお多くの謎と伝説に満ちて人々を魅了しますが、その中で極めて耐久性に富む優れた青色色素「マヤブルー」の存在は意外と知られていません。

マヤブルー(英語:Maya Blue、スペイン語:Azul Maya)は、マヤ、アステカなどの前コロンビアメソアメリカ文明において作られた独特の鮮やかな青から緑みをした青色顔料(Wikipedia、http://en.wikipedia.org/wiki/Maya_Blue)で、遅くとも8世紀には既に存在したといわれるほど古い色材ですが、スペインによる征服後、16世紀にはその製法は失われてしまいました。キューバにも伝わっていましたが、ここでも18世紀には失われています。

一方でマヤブルーという呼称は意外と新しく、絵画材料学で有名なR.J.ゲッテンスがメソアメリカ文明の遺跡や彩色物に広く見られる青色色素を「絵画材料事典」(1942年)の中で「マヤブルー」と記したことに始まるといわれます。

遺跡などから採取された古代のマヤブルーは、酸やアルカリ、各種の有機化学薬品の影響を受けることがなく、中米の過酷な環境(高湿、高温)でも、数百年の風雨や生物的劣化に耐える優れた耐久性を持つ色材です。その研究はMerwinが1931年にチチェンイツア遺跡で再発見したことに始まりますが、中南米産の白色粘土鉱物Palygorskiteが含まれる以外には、その青のもととなるべき化学成分は解明できず謎のままでした。インジゴが含まれるという説もあったのですが、学者たちは、たとえ天然有機染料の中では例外的に耐久性の優れたインジゴであってもマヤブルーほどの特異な耐久性は持ち得ないとして、他の古代の青と同様に鉱物系色素である銅鉱物(アズライト)、天然アクアマリーン、ラピスラズリのいずれかと考えました。

Palygorskite:SEM(走査型電子顕微鏡)画像35000倍

Palygorskite:SEM(走査型電子顕微鏡)画像35000倍

吸着活性の高い天然の粘土ないし粘土鉱物質で、主として加水アルミノケイ酸塩よりなる。日本の酸性白土もこの一種。繊維質粘土。
(大阪大学イノベーションセンター 海崎教授提供)

Maya Blueにより着彩されたトラロック神の土製壺

Maya Blueにより着彩された
トラロック神の土製壺

Reproduction authorized by the Instituto Nacional de Antropología e Historia / Mexico


しかし1966年、アメリカの粘土学者H.Van Olphenがいかなるインスピレーションによるものか、粘土鉱物とインジゴを75~150℃という極めて中途半端な温度で長時間加熱することで簡単に再現できることを発見し、マヤブルーの研究は一気に加速することになります。しかしながらインジゴがそれほどの耐久性があるはずがないと反論する学者もいて、その論争は実に1990年代半ばまで続きます。

現在ではマヤブルーが粘土鉱物とインジゴの複合体であることに疑義をはさむ学者はいませんが、実のところ加熱をする前の粘土とインジゴの混合物はさほどの耐久性はないのに、なぜ中途半端な加熱でこれほどの耐久性が出るのかという機構については、可視・赤外・ラマン分光、粉末X線解析(シンクロトロン)、電子顕微鏡(TEM,SEM)、熱分析(DSC,TG)、核磁気共鳴、理論化学(DFT)などの様々な最先端技術による研究にも関らず決着がついておらず、マヤブルーに関する研究論文は南北アメリカやヨーロッパを中心にますます増える傾向にあります。

インジゴ 加熱前
インジゴ 加熱後

インジゴ/粘土鉱物混合物顕微鏡写真(1000倍)

加熱前(写真左)は粘土粒子表面にインジゴ染料がまばらに付着しているだけだが、加熱後(写真右)は粘土粒子が染まり付き、マヤブルーとしての性能を示す。色調もインジゴ特有の藍色からマヤブルー独特の緑みの青に変化している。(ターナー色彩研究開発室提供)

マヤブルーの安定性をもたらすインジゴーバリゴスカイトとの相互作用とは?

なぜ学者たちはこれほどまでにマヤブルーに魅了されるのでしょうか。何といっても世界から孤立したメソアメリカ文明が作り出した古代の色材に大きなロマンを感じることがあるのでしょう。研究をすればするほどその機構はわからないことだらけにも関わらず、それをいとも簡単な手段で古代人が作り出したことには驚嘆せざるを得ません。(右:海崎教授提供研究資料)


近年の研究では、マヤブルーは粘土鉱物の持つナノレベルの細孔(ナノチャネル)にインジゴ単分子がすっぽりと収まり内部で相互作用を起こすことで信じがたいほどの耐久性が得られるのではないかと考えられています。古代マヤブルーは植物性藍染料と粘土鉱物という極めて安全性の高い自然素材のみで構成されながら、ナノ構造による有機・無機ハイブリッド多機能素材という、まさに現代の最先端技術をも凌駕するほどの素材であり、その解明は新たな地平を切り開く可能性を秘めています。

さて、これほどまでに世界の学者を惹きつけるマヤブルーですが、今のところ日本ではほとんど研究がありません。わずかに大阪大学先端科学イノベーションセンターの海崎純男特任教授とターナー色彩が共同研究を続けていますが、それは2007年、日本の誇る大型放射光施設SPring8産業利用推進室の二宮利男博士が欧米の研究論文の中にマヤブルーを見出し、海崎教授とターナー色彩に研究を勧めたことに始まります。

私たちはこれまでに比較的簡易な手段により絵具としては十分な耐久性のあるマヤブルーの再現に成功し、ターナー専門家用水彩絵具の中に古くて新しい色「マヤブルー」として実用化しました。(http://www.turner.co.jp/art/suisai/info.html )そして研究チームは現在、さらに科学技術振興機構の助成金を得てこのマヤブルーの不可思議な安定化機構を応用した新たなハイテク素材を開発すべく研究を続けています。

このように世界各地で最先端の科学者たちが研究を進めているマヤブルーですが、古代マヤ、アステカの人々が本当はどのようにしてマヤブルーを作ったのか、そしてインジゴ分子がなぜ加熱により粘土鉱物のナノチャネルに入りこんで心地よく安定化するのか、依然として謎に包まれたままです。

参考資料
1マヤブルー-この珍奇にして個性的な青色有機顔料-(記念特別寄稿論文:児島英雄)
2Maya Blue as a nanostructued polyfunctional hybrid organic-inorganic material: the need to change paradigms (Antonio Domench, et al, New Journal of Chemistry, 2009, 33, 2371-2379)
3失われた文明「インカ・マヤ・アステカ展」図録(2007年)
http://www.kahaku.go.jp/exhibitions/ueno/special/2007/inca_maya_aztec/index.html
4Wikipedia:http://en.wikipedia.org/wiki/Maya_Blue
5Wikipedia:http://en.wikipedia.org/wiki/Indigo_dye
6メキシコ国立人類学歴史研究所ホームページ:http://dti.inah.gob.mx/index.php
7Indigo used in easel paintings/MOLART project
http://www-old.amolf.nl/research/biomacromolecular_mass_spectrometry/molart/Indigo.html
8西洋の青-プルシアンブルーをめぐって-(神戸市立博物館図録)
http://www.city.kobe.lg.jp/culture/culture/institution/museum/tokuten/2007_01ao.html

瀧川隆弘 Takahiro Takigawa
瀧川隆弘 Takahiro Takigawa

ターナー色彩(株)研究開発室にて絵具、塗料等の製品開発に従事。同取締役室長。ASTM(米国試験・材料協会)において欧米絵具メーカーと共に絵画材料研究、規格作成に参加。Golden Artist Colors Inc.のMark Golden CEOと協力し美術大学、団体等での講演を通じ近代絵画材料学や保存・修復情報の普及に努める一方、大阪大学との産学協同研究を進めている。神戸大学工学部修士課程修了。


マヤブルー:古代マヤ文明のロマンを現代に再現する

Category: Column





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