27, Jan 2010

万国実体写真
(万国実体写真協会 発行 1908)
昨年はNHK教育テレビ50周年ということで、年末に記念番組が組まれていた。思わず見入ってしまったのが、60年代に放映されていたぬいぐるみ劇「ブーフーウー」。この日オンエアされたのはその最終回だった。幼少期をともに過ごしたキャラクターたちがイキイキと動いているのを目の当たりにして、画面にくぎ付けになって見ていると、私の後ろを通りがかった母がつぶやいた。「ブーフーウーって、こんなに大きかったの?」。
「えっ」と私は驚いた。母よあなたはブーフーウーのからくりを知らなかったのですか!? 幼稚園児の私でも知っていたのに...と。しかし思い返した。子どもだから食い入るように見ていたけれど、大人だった母(あたりまえか)は真剣に見ていたわけでもなかったろう、無理もないことだ、と。というのは、実によくできているからである。40余年も前の放送を見ていても、それがあまりに自然なので、改めて驚いた。
何がよくできていて自然なのかというと、操り人形から着ぐるみへの移行が、である。ブーちゃん、フーちゃん、ウーちゃんという三匹の子ぶたは、それぞれお人形ときぐるみの2パターンが用意されている。それは子どもなら誰でも知っていた(と思う)。 生身の人間である番組の進行役のおねえさんと絡むシーンでは、お人形さんの大きさ(なんとなく30センチくらい)で、おねえさんとは見上げながら話をするのだが、ぶたさんたちのいる国(設定はメキシコ)のシーンでは、着ぐるみとなる。おねえさんとお話していた操り人形のブー、フー、ウーが上手へ駆けるようにはけると、次のメキシコのシーンでは、下手から同じテンポで駆けながら入ってくる。実につながりが見事!お人形と着ぐるみの大きさの違いをまったくといっていいほど感じさせない。ほぼ3頭身のバランスはお人形にも着ぐるみにもつらぬかれている。
何の疑問もなくブーフーウーの世界に入っていけたのは、番組を作った人の、細かい技や芸の賜物であるが、何よりも画面がぼんやりしていたことが大事な要素だったと思う。私の頭の中に住むブーフーウーはカラーだったが、最終回の画面はモノクロだった。色のない、そしてブラウン管のあのぼんやりした映像。ハイビジョンのくっきりした画面で見ていたら、お人形のけばだちと着ぐるみのけばだちの違いなんかに気をとられていたかもしれない。水墨画のような白と黒の、輪郭のはっきりしない画面だっただからこそ、夢のような世界に入っていけたのだろう。
最終回、おねえさんはブー、フー、ウーに、きょうで番組が終わることを告げる。三匹はあわてる、あしたからどうしたらいいの?と。おねえさんはいう、いままでと同じように、メキシコの地で遊んでいればいいのよと。三匹は納得する、放送が終わるだけで、いままでどおりにしていればいいのだと。私も納得する。昔の私もきっと納得したのだと思う。放送はないけど、ブーもフーもウーも元気でいるのだなあと。さらに大人の私は感動する。夢をこわさず、キャラクターをずっと生かしたままにして終わってくれた大人たちの気持ちに。
そして、それもきっと、見えづらいぼんやりしたメディアだったからこそ可能だったのではないかと思った。くっきりはっきりした画面なら、そこがメキシコではないと思っただろう。はっきり見えないからこそ、本当のように思えたのだ。
クリアなばかりがいいとは限らない。テクノロジーが進み、ハイビジョンや大画面薄型テレビが実現されてきたけれど、ワンセグで充分ってなことになってきたし、テレビがほんとにつまんなくなった。
3D映像だからっていいとも思えない。ステレオ写真のあの薄く透明な立体感を私は好ましく思う。ふとした瞬間に消え入ってしまいそうな像ならばこそ、いつまでも眺めていたいのだと。
テクノロジーを進化したさせたがために、失ってしまったものがある。テクノロジーは駆使するだけのものではない。時に、封じることで、何かが生まれる。

編集者。奈良県生まれ。同志社大学文学部美学芸術学卒業。京阪神エルマガジン社を経て、編集・出版・企画会社、株式会社ワークルーム設立。同代表取締役。フリーペーパー「花形文化通信」「cycle」発行。村上三郎CD-ROM「入口-通過-出口」(フリップブックス)、「中国茶で楽しむ十二か月」(平凡社)、「茶道具を語る」(河原書店)等を編集。大阪3D協会、香櫨園倶楽部等、アートを支援する活動も行ってきた。真宗本願寺派僧侶でもある。
陰翳礼讃
Category: Column