17, Aug 2017

國府理「水中エンジン」再制作プロジェクトについて
―第3回(全4回):解釈行為としての再制作作業

國府理の「水中エンジン」再制作について、プロジェクトメンバーが綴る連載シリーズ第3回目。國府の生前から親交のある再制作担当者が、技術的資料の乏しい中で行った実体のないリバースエンジニアリング的な追体験を技術的側面から振り返る。

寄稿:白石 晃一(アーティスト)

1. はじめに

2012年、國府がアートスペース虹において初めて「水中エンジン」を発表した際、筆者は制作の終盤部分とギャラリーへの設置を手伝った。

水中におどろおどろしく吊り下げられ、全体を大きく震わせながら危なげに動くエンジンの彫刻的魅力もさることながら、稼働にまつわる調整を行い、時には頭をかかえる國府の姿は、未完成な印象を含みながらも、当時の震災以降の社会状況とも重なり、なんともいえない魅力を感じさせた。

この5年後、本プロジェクト実行委員会委員長の遠藤水城から、「水中エンジンを再制作したい」という相談を受ける。詳しく聞くと、オリジナルのエンジンは残されておらず、関連する技術的な資料も残っていない。なおさら、作家自身が他界している状況で、エンジンを動かすというパフォーマティブな状態を再現することはかなりの困難を想像させたが、このままカタログでしか見ることのできない幻の作品になってしまう可能性を考えると、もう一度実物を見たいという気持ちが高まり、遠藤の申し出を受けた。


白石 晃一 SHIRAISHI Koichi
白石 晃一 SHIRAISHI Koichi ポートレート

ファブラボ北加賀屋 共同設立者・美術家・京都大学デザインスクール 非常勤講師。造形学修士(工芸・鋳金)・ファブアカデミー 修了。
金属造形やデジタルファブリケーションの技術を使い機械やコンピューターを組み込んだ彫刻を制作、自身でパフォーマンスを行ったり、観客参加型のイベントを仕掛け、国内外の公共空間を中心に発表を行う。
あらゆる人たちと共にプロジェクトを実践する場を求め、デジタルファブリケーションを使い誰もが共創できる市民工房、ファブラボ北加賀屋(2013〜)を共同設立。
近年はインターネットを使った知識・技術伝承システムの開発、共創活動の持続的組織構造の構築と実践、公共空間における芸術表現を実現する方法論とその影響について研究を行っている。

「AMUSE ARTJAM 2007 in Kyoto」『GO WEST!』審査員特別賞(ヤノベケンジ賞)2007年12月
「Art meets architecture competition」『Loop』入選 2005年9月

FabLab Kitakagaya
http://fablabkitakagaya.org/


2. プロジェクトの立脚点

作品を構成する要素の欠如、技術的資料の乏しさ、そして作家の不在。単純に考えてこの再制作は不可能なのだが、申し出を受けた以上そうも言っていられず、少しでも前にすすむために視点をずらしてみた。

資料が残っていないなら、必要な情報を集める必要がある。時間を置くことで、当時の記憶は薄れていくし、ヒアリングできなくなってしまうこともあるだろう。
構成パーツの入手についても同じことが言える。
調査の中で、國府が作品に利用したエンジンは、スバル製のサンバートラック550cc EK23型と判ったが、この車種は1982年に生産終了しているため、この先市場に出回る数は少なくなっていく。どちらも今始めることが最善だ。

また、國府が発表した過去2回の画像資料と関係者へのヒアリングから、アートスペース虹と西宮市大谷記念美術館の展示で使われたエンジンは別物で、部分的なパーツの有無や機構の追加などの違いがあることが解った。この差分は不必要な部品の排除や、視覚的な要素の改善が主だったが、エンジンを安定的に動かすことを意識して行われた部分も含まれる。

これを根拠に、「水中での安定的な稼働」という目的を設定した上で、國府自身が施した改変の延長線上に再制作で作られるエンジンを置いてみる。
少々強引だが、このことにより広義の意味において作品の同一性は保たれるかもしれない。

画像資料での検証の様子

画像資料での検証の様子

会期中のメンテナンスも、國府自身であれば作品の一部として捉えられないこともないが、我々が行うことで、その未完成な状態がオリジナルとは別の鑑賞体験を生むことは容易に想像できる。このような理由からも「安定的」という状態は必須だと考えた。
実際、作家不在という困難の中で、この目標の設定は資料からは読み取れない不確定な要素を判断するための基準となり、何より再制作の大きな推進力となった。


3. 実作業に向けて

ここまで不可能性を立脚点に作品の拡大的な解釈をしてみたが、この再制作での視覚的・技術的な改変点を明らかにすることも重要だ。ここからはその点に触れてみようと思う。

エンジンを水中で動かすために必要な作業は浸水箇所を徹底的に密閉するだけである。
しかし、この単純な作業が困難を極めた。
エンジンユニットの中心である内燃機関は、そもそもガソリンと空気の混合気をシリンダ内部で圧縮するため気密性は高い。そのため、この部分に対して処理を行う必要はほぼないが、付属する電気部品は大気中での使用を基準としているため、通常状態のままでは浸水・漏電が起こる。

國府が展示した際に起こったアクシデントのほとんどは、エンジンを起動するために使われるセルモーターの不調が原因だったようだ。今回の再制作では、「セルモーター」と点火タイミングを調整する「ディストリビューター」というこの2つの部品に対して特に対策をしている。

空中での稼働実験中のエンジン

空中での稼働実験中のエンジン


4. 3号機(車屋美術館)

栃木県小山市にある車屋美術館で展示されたエンジンは、國府が制作した2台を数え便宜的に3号機と呼ばれた。会期が2ヶ月間あったため、長期運用に対する対策を行う必要があった。また、エンジンの稼働実演は現地の協力者によって行われたため、致命的なトラブルが起きる前に対処ができるように、点検と保全の機能を合わせ持った機構を検討した。

具体的には、ディストリビューターの接点部分を含む空間から、大気中へ湿気を解放するチューブを追加し、セルモーターは、始動時にモーターからの動力をエンジン側に伝えるピニオン部分からの浸水を防ぐために、それらの部品が内包されるクラッチハウジングと呼ばれる空間を完全に密閉し、エアコンプレッサーで圧縮空気を送り続けることで浸水が起きたとしても直ちに排水できる機構を作った。

加工されたディストリビューター

加工されたディストリビューター

加工されたクラッチハウジング

加工されたクラッチハウジング

分割面のシーリングにはシリコンシーラントを利用した。奥まった部分にある分割面に充填するために、できる限り分解をしてシーリングを行なったが、分割面が大きくなればなるほど見落としやミスが発生する。充填が不十分だと目に見えない程度の小さな穴からでも浸水は起きる。そのため、シーリングを終えた後、水槽に沈め内部空間に空気を送り漏れ部分のチェックを行い、不十分な箇所があれば新たにシーリングを行い穴を埋めるという地道な作業を繰り返した。
結果として、エンジンへの導気ホースの増加や展示空間内にエアコンプレッサーの設置など、作品の形状が大幅に変更された。

エアコンプレッサーが追加された3号機ヴァージョン(小山市立車屋美術館での展示風景)撮影:木奥惠三

エアコンプレッサーが追加された3号機ヴァージョン(小山市立車屋美術館での展示風景)
撮影:木奥惠三


5. 4号機(アートスペース虹)

アートスペース虹の展示で新たに投入された4号機は、2週間と展示期間が短いこともあり、可能な限り國府が発表した形態に近づけるよう配慮した。車屋美術館で設置したディストリビューターの水抜き機構、エアコンプレッサーによる内部空間の高圧化は行わず、紫外線硬化性の樹脂で電気部品全体を覆うことで浸水を防ぐよう加工した。

3号機制作時に苦労したミッション部分にあるダストの排出などのために作られた大きな隙間を効率的に塞ぐため、3Dプリンタを利用し蓋状のパーツなどを出力しシーリングを行なった。

3Dプリントパーツでモールドされたセルモーター

3Dプリントパーツでモールドされたセルモーター

また、3号機の展示中、排気に含まれる水分がマフラーにたまり、排気効率が下がっているかもしれないとの報告があったため、4号機ではマフラー前部で分岐させた水抜き用のトラップ配管を組み込むこととした。
マフラーの配置も虹で國府が発表した仕様を再現したが、展示空間内の一酸化炭素濃度が基準としていた50ppmという値を大幅に超えたため、アクリル製の密閉容器をかぶせ、室外からブロアによる強制排気を行なった(※1)。
実際にこれらの機構は概ね上手く作用し、どちらも大きなトラブルなく会期を終了することができた。

しかし、わずかな浸水もしくは密閉空間での結露による水の発生は抑えられなかったことが、会期終了後の点検で判明した。特に、4号機において、密閉度が上がったため結露の逃げ場がなく、少量ではあるが、クラッチハウジング内に水が溜まるような状況が見られた。
このようなことからも、長期運用の困難さや想定外のアクシデントの可能性は排除しきれていない。

逆に、ディストリビューターなどは、一部浸水しても稼働するなど、元々の機構の堅牢さから、こちらの想定が杞憂に終わる事例などもあった。

※1前回の記事4頁を参照


6. 安全性への眼差し

稼動時の安全の確保とその判断基準の設定は、本プロジェクトにおいてもっとも頭を悩ませた部分だ。
《水中エンジン》とは別作品ではあるが、國府自身が作品の調整中に死に至った事故を受けて、関係者や鑑賞者からも「危険を伴う作品を展示すべきではない」という意見も挙がり、作品を取り巻く大きな問題として考え続けなければならなかった。
稼働において安全性は最大限検討し、危機に直結しそうな部分に関しては躊躇なく作品の改変を行なった。

稼働時は一酸化炭素ガス検知器を使用した

稼働時は一酸化炭素ガス検知器を使用した

そもそも水中で動くことを想定されていないエンジンを、水中で動かすことは直感的に「危険」な感じがする。ほとんどの人が水中で動くむき出しのエンジンなど見たことがない。未知なものへの不安、そして、エンジンが使われているもっとも身近なものである自動車が起こす事故などを想像して危険性を感じてしまう。
この直感的な危機感は、技術的な説明で完全に払拭できるものではないし、根拠となるはずの技術・技能も完璧とは言えないため、安全ですと言い切ることはできない。こういった環境に観客を巻き込むことに対して、状況の観察と対応を真摯に行うという答えしか見つけることはできなかった。

何をするにもアクシデントを未然に防ぐこと、起きたとしても被害を最小限にとどめるよう考えることは重要なことだ。我々が手にする工業製品などのほとんどは、フェイルセーフ(※2)・フールプルーフ(※3)を基本的な設計思想に含み、安全性の高い仕様になっている。
しかしそこで想定される最悪の状況は、どうしても限定的にならざるを得ない。想定外はいつでも起こる可能性があり、想像力をどんなに働かせたとしても完璧なものを作ることはできない。
もちろんこれはアクシデントに対する言い訳ではない。完璧ではないからこそ、細やかに調整すること、修繕・改善のサイクルを回し続けることでしか対処する方法はないように思う。

※2)”フェイルセーフ(フェールセーフ、フェイルセイフ、英語: fail safe)とは、なんらかの装置・システムにおいて、誤操作・誤動作による障害が発生した場合、常に安全側に制御すること。またはそうなるような設計手法で信頼性設計のひとつ。これは装置やシステムが『必ず故障する』ということを前提にしたものである。”(”フェイルセーフ” .ウィキペディア日本語版.参照2017-08-14.)

※3)“コンピューターなどのシステムについて,人間が誤って操作した際にも致命的な障害が起こらないようにすること。また,それを実現するための設計(思想)のこと。”(”フールプルーフ”.大辞林 第三版.三省堂.)


7. おわりに

作品が発表された当初のままに修繕・固定化する行為が保存修復の主流とするなら、今回のプロジェクトは「拡張」へ舵を切った点で逆流している。

しかし、提示された作品のあり方から逸脱せずに表現や権利を守ることの本質的な理由が、その人・ものへの敬意の表れにあるとするならば、この再制作においても、作家が残した未完成な部分を真摯に捉え、最大限の敬意を払ってきたつもりである。
敬意を払うことによって著作の同一性の問題が解決するわけではないし、翻案、二次創作ととられるならば、長期的な視野において法的な整理も必要かもしれない。これについてはこの先ゆっくりと考えていこうと思う。

とはいえ、大きなトラブルもなくエンジンが動き続けたこと、そして、具体性を持った作品として、遺族を始め多くの人に目にしてもらえたことは素直に嬉しかった。悲劇とともに語られがちな國府作品に新たな視座を与えるきっかけになってくれれば何よりである。


國府理「水中エンジン」再制作プロジェクトについて
―第3回(全4回):解釈行為としての再制作作業





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