31, Mar 2018

連載「巨大な書庫で迷子になって」
第3回(全3回):ポピュラー・カルチャーとアーカイヴ——期待と困難

「巨大な書庫で迷子になって」は視覚文化研究者の佐藤守弘氏によるアーカイヴに関する連載記事(全3回)。「ポピュラー・カルチャーとアーカイヴ——期待と困難」と題された第3回では、「クールジャパン」のアーカイヴが抱える課題や、パンクの資源化への抗議として500万ポンド(日本円で7億円強)に値すると言われるパンク・コレクションが、所有者であるジョセフ・コーによって焼き尽くされたエピソードなどを例に挙げ、ポピュラー・カルチャー/サブカルチャーのアーカイヴ、ひいては現代においてあらゆるアーカイヴが抱える困難に言及している。

寄稿:佐藤守弘(視覚文化研究)

中島敦(1909〜1942)に「文字禍(※1)」という短編小説がある。アーカイヴズ/アーカイヴについて考えるときに、よく思い出すのがこのテクストである。舞台は、古代アッシリアの都ニネヴェで、ある老博士が王から文字の霊が存在するか否かの調査を命じられる。当時は粘土板に楔形文字を刻印したので、「書物は瓦であり、図書館は瀬戸物屋の倉庫に似ていた」。調査の末、文字の霊とそれがもたらす病の存在を確信した博士は、王にその旨を報告したものの、失脚することになる。博士は「これが奸譎な文字の霊の復讐であることを悟った」。しかし、話はそれだけでは終わらない。

しかし、まだこれだけではなかった。数日後ニネヴェ・アルベラの地方を襲った大地震の時、博士は、たまたま自家の書庫の中にいた。彼の家は古かったので、壁が崩れ書架が倒れた。夥しい書籍が――数百枚の重い粘土板が、文字共の凄まじい呪の声と共にこの讒謗者の上に落ちかかり、彼は無慙にも圧死した。

「獅子という字は、本物の獅子の影ではないのか。それで、獅子という字を覚えた猟師は、本物の獅子の代りに獅子の影を狙い、女という字を覚えた男は、本物の女の代りに女の影を抱くようになるのではないか」という、「意味されるもの(シニフィエ)」=概念と「意味するもの(シニフィアン)」=音声との関係を考察したフェルディナン・ド・ソシュール(1857-1913)にも通じる、すぐれて記号論的な問いを立てたこのテクストは、最後に「意味するもの」=文字の復讐を据えることで、現代におけるアーカイヴの困難を示唆しているようにも読める。

連載最終回の今回は、ポピュラー・カルチャー/サブカルチャーのアーカイヴ/資源化に寄せられる期待とその困難を示すことで、現代におけるアーカイヴの重要性とその課題を少しでも提起することができればと考えている。

目次

  1. 「クールジャパン」のアーカイヴ
  2. サブカルチャーの資源化
  3. アーカイヴの破壊
  4. 終わりに

※1)連作「古譚」のひとつとして1942年に初出。「青空文庫」——これもデジタル・アーカイヴである——で読むことができる。
「青空文庫 図書カード:文字禍」


佐藤 守弘 SATOW Morihiro
佐藤 守弘 SATOW Morihiro

京都精華大学デザイン学部教授。専門は芸術学、視覚文化論。近代における風景/トポグラフィの視覚文化研究、ポピュラー/ヴァナキュラー・イメージ研究など。単著に『トポグラフィの日本近代――江戸泥絵・横浜写真・芸術写真』(青弓社、2011年)。最近のオンライン・テクストに「場所と人間──トポグラフィの視覚文化論」(『10+1 web site』LIXIL出版、2017年8月)がある。

IN THE STUDIO:佐藤守弘の講義情報
http://d.hatena.ne.jp/satow_morihiro/

佐藤守弘の経歴/業績
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/
b-monkey/intro.html


1. 「クールジャパン」のアーカイヴ

昨年、縁あってアーカイブサミット2017 in 京都に参加した。アーカイブサミットとは、「ナショナルアーカイブの設立とデジタルアーカイブ振興法の制定をめざ」す文化資源戦略会議が2015年から開催しているもので、東京で行われた第1回、第2回に続いて、第3回は「社会のアーカイブ化、アーカイブの社会化」をテーマに京都で行われた(※2)。

私が担当したのは、2日目の午前に行われたミニ・シンポジウム2「クールジャパンの資源化について」の司会・進行で、明治大学で米沢嘉博記念図書館を発展させるかたちで東京国際マンガ図書館というアーカイヴ施設を計画している森川嘉一郎氏、日本動画協会副理事長としてアニメのデジタル保存に取り組んでいる吉田力雄氏、立命館大学ゲーム研究センターでヴィデオ・ゲームのアーカイヴ化の方法をさまざまに模索している細井浩一氏の発表を取りまとめた。

マンガ、アニメ、ゲームは、現代日本特有のポピュラー・カルチャーとされ、世界のさまざまな場所で消費されている。それをいわば経済的な資源として活用していこうという動きが「クールジャパン」政策である。「クールジャパン」なるものの内実が一体なんであるのかは、それが語られるコンテクストによって恣意的に変えられ、工業製品や日本食、時には武道や伝統芸能までもが、その範疇にくくられる時さえある。とはいえ、マンガ、アニメ、ゲームというポピュラーなコンテンツ産業がその中核にあることは変わりない。

文化政策においても、マンガ、アニメ、ゲームは重要なものとされている。文化庁は、それらを「メディア芸術」という(多少問題含みの)枠組み(※3)で捉えて、振興策をさまざまに講じている。1997年から開催され、今年で第21回を迎える文化庁メディア芸術祭や文化庁の「メディア芸術デジタルアーカイブ事業」の成果として公開されているメディア芸術データベース、そしてその他の連携事業や支援事業がその代表である。要するにマンガ、アニメ、ゲームは、国策として保護、振興される対象となっているのである(※4)。こうした動きのなかで、それらのアーカイヴ化も求められてくる。アーカイブサミット2017において「クールジャパンの資源化について」というシンポジウムが開催された理由は、ここにあるだろう。

しかし、マンガ、アニメ、ゲームはそれぞれメディアの基本的な性質が違うため、それらを保存するには、それぞれのメディアに応じた方策が必要であろう。マンガは、基本的には書籍であり紙を支持体とする。アニメは本来は映画であり、ゲームはコンピュータ・プログラムである。書籍であるマンガは、図書館という先行モデルがある。映画であるアニメには、フィルム・アーカイヴズが先行モデルとして挙げられるだろう(※5)。ゲームの場合は、先行例としては一般的なコンピュータ・プログラムのアーカイブが考えられるが、プログラムのアーカイヴ化自体がまだまだ実践の途上であり、先行例に乏しいというのが現状であろう。実際、ゲームのアーカイヴには、さまざまな方法が各地で試されており、ゲーム研究センターの細井氏も独自の方法を探求している。

先行例があるからと言って、マンガやアニメのアーカイヴ化も楽なことではない。日本動画協会の吉田氏によると、たとえばアニメの制作会社によって保存の方法がばらばらであることが挙げられている。また、森川氏によれば、マンガの場合でも、どこまで収集するべきかという問題があるという。すなわちマンガ文化を総体として捉えるには、公刊されたマンガ書籍を収集するだけでは不十分であり、原画や同人誌、あるいは関連する商品までも視野に入れないといけないのだが、さまざまな側面から、それには困難が伴うというのである。

このシンポジウムの冒頭に、私は司会者でありながら、問題提起としてイギリスにおけるサブカルチャーのコレクションと資源化についての短い報告をした。次節からはそれを掘り下げて考えてみたい。

※2)アーカイブサミット組織委員会の福島幸宏,小村愛美による「アーカイブサミット2017 in 京都<報告>」を参照のこと。また聴衆として参加された数藤雅彦氏(五常法律会計事務所)によるレポート、「アーカイブサミット2017に参加しました(前編:1日目)」、「アーカイブサミット2017に参加しました(後編:2日目)」において、2日間の討議の様子が詳細にまとめられている。

※3)「メディア芸術」に含まれるものは、時期により用語の異同はあるが、メディア・アート、ヴィデオ・ゲーム/メディア・エンタテインメント、アニメーション、マンガの4ジャンルである。とはいえ、この4ジャンルに共通する要素を見出すことは、従来の「芸術」の枠組みでは捉えられてこなかったということ以外には、なかなか難しい。アーカイブサミットで取りあげられたのは、ゲーム、アニメ、マンガの3ジャンルであり、そこにメディア・アートは入ってこない。逆にメディア・アートに含めうるような作品が、ゲーム/エンタテインメント(とくにメディア・デザインの要素の強いもの)やアニメーション(「アート・アニメーション」と呼ばれるような作品など)に見られることもあるものの、そこにマンガに包含される作品が入ってくることはまずない。私見では、どうやらここには2つの「メディア」という言葉に関する理解があり、それによって2つに分裂しているようにも思える。この問題については、2011年に、美学者の吉岡洋氏を座長に行われた世界メディア芸術コンベンション(ICOMAG)の第1回「『メディア芸術』の地域性と普遍性―"クールジャパン"を超えて」で取りあげられた(私もセッションのモデレーターとして参加した)。報告書がこのページからダウンロードできる。

※4)この政策の基本となっているのは、文化芸術基本法の第9条「国は,映画,漫画,アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術(以下「メディア芸術」という。)の振興を図るため,メディア芸術の制作,上映,展示等への支援,メディア芸術の制作等に係る物品の保存への支援,メディア芸術に係る知識及び技能の継承への支援,芸術祭等の開催その他の必要な施策を講ずるものとする」である。ちなみに、2009年に麻生内閣が設立を目指したものの、「国立マンガ喫茶」などと報じられて、批判のなか廃案に追い込まれた国立メディア芸術総合センターも、この事業の一環であった。

※5)日本において、映画フィルムの保存を担ってきた代表は、東京国立近代美術館フィルムセンターであり、最近、ここが東京国立近代美術館から独立して、2018年4月に国立映画アーカイブとなることが告知された。
http://www.momat.go.jp/ge/topics/fc20180206/


2. サブカルチャーの資源化

2015年の夏、私はあるシンポジウムに参加するため、ロンドンをほぼ20年ぶりに訪れた。そのシンポジウムの合間に、私は、さまざまな政府機関や芸術施設があるサマセット・ハウスで行われていたザ・ジャム(1977-1982)というバンドの回顧展“All the Young Ideas”を見に行った。ザ・ジャムは、ロンドン・パンク・ムーヴメントのさなかにデビューしたバンドで、1960年代のモッド・サブカルチャーのリヴァイヴァルに功績を果たしたことで知られている。展示されていたのは、彼らの使っていた楽器やステージ衣装、レコード、当時の雑誌や手書きの資料などであり、往時を懐かしむ観客たちが多く見られた。

サマセット・ハウスでのThe Jam: About the Young Idea展示景、2015年7月、著者撮影

サマセット・ハウスでの"The Jam: About the Young Idea”展示景、2015年7月、著者撮影

ここで言う「サブカルチャー」とは、日本のマスメディアで「サブカル」と略称されて呼ばれるものとは少し違い、より社会学的な意味を持つ社会集団内の支配的な文化ではなく、その中の一部の人間が、お互いに作り上げていくような文化および文化集団のことを指す。日本の若者文化で言えば、暴走族などが挙げられるであろうし、イギリスで言えば「モッド」(複数形で「モッズ」)と呼ばれる文化集団がそれに当たる。モッドとは、1950年代の終わりから60年代中盤にかけて隆盛を誇ったサブカルチャーで、着る衣服、乗り物、ダンス、行動や振る舞いに至るまで徹底的に細部にこだわり、独自の文化のスタイルを手作りで編み上げた。はじめはモダン・ジャズ、のちにはR&Bを好み、多くは三つボタンの細身のスーツを着て、イタリア製のスクーターで集団走行をするといったライフ・スタイルで知られた。

モッズだけでない。テディー・ボーイズ、ロッカーズ、スキンヘッズ、パンクスなどのサブカルチャーは、トライブ=族と呼ばれ、同じ都市のなかに生活しながらも大人の主流文化とは一線を画した社会集団——一種の異民族——として、戦後イギリスの若者文化を理解する上では不可欠なものであった(※6)。ところが、1900年代になると、目立ったトライブが見当たらなくなる。その一因としては、レイヴに代表されるクラブ・カルチャーがあるとも言われている。

トライブ的なサブカルチャーの減衰と軌を一にするように現れてくるのが、そうした文化の保存と研究である。国立のヴィクトリア&アルバート博物館は、そうした保存・研究の中心のひとつで、たとえばモッズがスクーターに乗る際に、スーツが汚れないように羽織っていた米軍払い下げのM51パーカなどのサブカルチャーにまつわるモノを早い時期から収集、保存し、デジタル・アーカイヴ化をしている。

ヴィクトリア&アルバート博物館でのパンク・スタイルの展示景:マルコム・マクラレン&ヴィヴィアン・ウェストウッドによるセディショナリーズのコーディネートとジェイミー・リードのデザインによるザ・セックス・ピストルズのTシャツ(ジョニー・ロットン着用)、2015年7月、著者撮影

ヴィクトリア&アルバート博物館でのパンク・スタイルの展示景:マルコム・マクラレン&ヴィヴィアン・ウェストウッドによるセディショナリーズのコーディネートとジェイミー・リードのデザインによるザ・セックス・ピストルズのTシャツ(ジョニー・ロットン着用)、2015年7月、著者撮影

1994年には収集品を使って、『ストリートスタイル』という展覧会を開催し、キュレーターのテッド・ポレマスが編んだ充実した図録、Streetstyle: From Sidewalk to Catwalk (Thames and Hudson, 1994)は、2010年に改訂増補版(※7)が出版されるなど、サブカルチャー研究の基礎文献のひとつとなっている。よくあることだが、ある文化の衰亡がその保存と研究を呼び起こすという、皮肉な状況がここにある。

※6)イギリスの若者サブカルチャーについては、ディック・ヘブディジ『サブカルチャー——スタイルの意味するもの』(山口淑子訳、未来社、1986年)、およびジョン・サベージ『イギリス「族」物語』(岡崎真里訳、毎日新聞社、1999年)を参照のこと。また日本の状況については、難波功士『族の系譜学―ユース・サブカルチャーズの戦後史』(青弓社、2007年)を参照のこと。

※7)Ted Polhemus, Streetstyle, PYMCA, 2010.


3. アーカイヴの破壊

こうしたポピュラー・カルチャーやサブカルチャーが産業として注目されだすのも1990年代のことで、90年代の終わり頃には「クール・ブリタニア」のキャッチフレーズとともに、アートや音楽やファッションは、金を生み出す「コンテンツ」として、トニー・ブレア政権の基で国策的に振興されていくようになる(それを模したのが「クールジャパン」であるとも言われている)。政策としては、クール・ブリタニアは、2000年代になると終息していくが、ポピュラー・カルチャー、サブカルチャーは、まさに「資源」として活用され続ける。

それを如実に示したのが、2012年ロンドン・オリンピックの閉会式であった。60年代から当時に至るまでのイギリス生まれの音楽の数々(そしてモンティ・パイソンまで!)が会場を沸かせたのである(※8)。なによりも、ザ・フーの曲「ピンボールの魔術師」が演奏されるなか、モッズのスクーター・ランが行われたことは、衝撃的であった。10代から親しんできたモッドというサブカルチャーが、このような大規模なイヴェントに登場することへの喜びとともに、それがまさしく国家的、経済的資源として消費されていることに、ある種の悲しみが襲ってきたのである——あくまでも個人的な感傷かもしれないが。

このようにサブカルチャーが研究され、保存され、その果てに国家や企業によって利用されていくことへの違和感を感じていたのは、私だけではないだろう。そのことが表面化したのが、一昨年(2016年)のことであった。

一昨年、「パンク・ロンドン——破壊的文化の40年」というイヴェントが開催され、さまざまな展覧会、コンサート、映画上映、講演会などが1年間にわたってロンドン各地で行われた(※9)。協賛したのは、ロンドン市と国営宝くじであり、1976年のザ・セックス・ピストルズのデビューから40年、パンク・サブカルチャーは、公的に顕彰される文化となったのである。

これに対して公然と批判したのが、ジョセフ・コーという人物であった。彼の父は、ザ・セックス・ピストルズのマネージャーであったマルカム・マクラレン、母はパンク・スタイルをつくりあげたデザイナーのヴィヴィアン・ウェストウッドである。コーは、「パンク・ロンドンを焼き尽くせ (Burn Punk London)というウェブサイトを立ち上げて、パンクの資源化に抗議の意を示した。

1976年、パンクによる既成勢力への挑戦、その不満のメッセージ、「未来なき(ノー・フューチャー)」世代による「反抗の叫び(レベル・イェル)」は、変革へのドゥ・イット・ユアセルフ的、創造的な権限付与であった。それははじめからモノを創造するにあたってのインスピレーションであった。またこれは、それらが現在においてはなんの価値も意味もないことの理由でもある。もしそれらが失われる前に、商業的文化のスープに沈み込んでいくさなかに、私がその価値を守るために抵抗しなければ、他の誰もやらないだろう。それらの物品は、私にとっては無用のもの、存在しない何かの聖堂、聖像、物神となるだろう! オスカー・ワイルドは、すべてのものの価格を知りながら、そのどの価値も知らない人びとについて語った。いまこそ、それを本当に考えるべき時だ。私たちは経験している現在の文化的、政治的忘却とパラレルである。(※10

そして彼は、2016年11月26日にテムズ川に浮かべたボート上で、亡父から受け継いだ500万ポンド(日本円で7億円強)に値すると言われるパンク・コレクションを焼き尽くすこととなる(※11)。

彼のしたことは、単なる売名行為かもしれないし、税金対策かもしれない。私も文化研究者としては、彼の行為をある種のヴァンダリズム(文化破壊行為)として大いに批判するだろう。その一方で、アーカイヴをめぐる寓話として捉えることもできるのではないかと考える。つまりエフェメラル(一時限り)であることにその存在の価値の多くがあるモノを、恒久的なかたちで保存し政治的/経済的な目的のために利用するという矛盾の終局が破壊に至ってしまうという暗い寓話として(※12)。

さらにいえば、ポピュラー・カルチャー/サブカルチャーを収集・保存するための基礎的な考え方が、いまだに高級文化/芸術を保存するための方法論から抜け出しきれていないというのが、問題のひとつなのではないかと考えている。近代的な芸術概念のなかでかたちづくられてきた創造的な主体としての「作者」とその成果物としての唯一無二の「作品」というモデルを、そのままポピュラー・カルチャー/サブカルチャーに当てはめていいのか? これはパンクだけではなく、マンガ、アニメ、ゲーム、その他のポピュラーなメディアを収集、保存、アーカイヴ化する時には、根源的に考え直さなければいけないのではないかと考えている。

もう一つ大きな問題は、文化の資源化に関わる。「日本の文化財や特色のある文化、芸術などの有用な資源を活用して、新しい経済的価値を創造していこうという政策(※13)」に関するニュースが昨年来インターネット上で話題になっていて、その課題や懸念についてもさまざまな視点から論じられている(※14)。こうした資源化の具体的な方策として挙げられているのが、デジタル・アーカイヴなのである。本稿ではマンガ、アニメ、ゲームのアーカイヴ化に関する諸問題や、ジョセフ・コーの「寓話」を例に挙げたが、アーカイヴ化を進めると同時に、「どのように」アーカイヴしていくかについてつねに論議をし続けていかないといけないのではないだろうか。

※8)MailOnline, “Feeling sad about the end of the Games? Eric Idle leads 80,000 crowd in rendition of Always Look on the Bright Side of Life”(2012年8月12日)、およびウィキペディア「2012年ロンドンオリンピックの閉会式」を参照のこと。

※9)Culture 24, “How did we get here? Punk.London: 40 Years of Subversive Culture reignited at The 100 Club”(2015年1月20日)にその一部が掲載されている。

※10)“In 1976 Punk’s challenge to the establishment, it’s a message of discontent, the Rebel Yell from generation No Future, underpinned the DIY creative empowerment for change. That was the inspiration for the creation of these objects at their inception. In turn this is why they have any value or meaning today. If I don’t make a stand to defend these values before they are lost entirely, as they sink to the bottom of the commercial cultural soup, no one else will! These items would become worthless to me, a shrine, icon or fetish to something that doesn’t exist! Oscar Wilde talked about people knowing the price of everything and the value of nothing. It’s time to really think about that! There are parallels to be drawn with the current cultural and political oblivion we are experiencing.” (拙訳)
http://burnpunklondon.com/?page_id=415

※11)The Gurdian, “Punk funeral: Joe Corré burns £5m of memorabilia on Thames”(2016年11月26日)

※12)この寓話は、パンクだけでなく、その源流である芸術運動のシチュアシオニスト・インターナショナルにも当てはまるし、さらのそのおおもとの反芸術としてのダダにも言えることかもしれない。

※13)『毎日新聞』ウェブサイト、「『稼ぐ』文化財 経済価値創造で地方創生」(2018年1月10日)という記事に詳しい。

※14)『朝日新聞』ウェブサイト、「(社説)文化財の活用 万全の保存あってこそ」(2017年12月19日)など。


4. 終わりに

原田健一、水島久光編『手と足と眼と耳——地域と映像アーカイブをめぐる実践と研究』(学文社、2018年)が先頃刊行された。新潟大学を中心に実践されている地域映像アーカイヴをめぐる共同研究の成果である(※15)。

同書の第一章、水島久光「ソーシャル・デザインとしてのデジタルアーカイブ」では、1990年代中盤からのデジタル・アーカイヴをめぐるさまざまな動向の歴史が辿られ、そこに見える「噛み合わなさ」が腑分けされている。その中で、デジタル化によって、「公的な記録」という従来のアーカイヴが扱っていた領域に、「私的」「記憶」という、これまでは対象にならなかったものが入ってくると水島は指摘する。そこで問題として浮上するのは、従来は不問に付されてきた「残され、活用の対象となる『記録』とは『いったい誰の、何のためのものか』という議論」(13〜14ページ)であると言う。実際、ポピュラー・カルチャーのアーカイヴの困難が提起するのも、この議論の必要性なのではないだろうか。

全3回にわたるアーカイヴに関する連載で明らかになってきたのも、従前は不問に付されてきた諸問題を、デジタル・アーカイヴが不可避的に可視化させてしまうという点であったのかもしれない。たとえば、第一回の「美術館とオンライン・アーカイヴ」で指摘したのは、アーカイヴのデジタル化が、近代的な芸術概念のよってたつ基盤を揺るがせてしまうという点であり、第二回の「写真とオンライン・アーカイヴ」で指摘したのは、デジタル化がメディアそれぞれの持つ特性を等価化してしまうという点であった。もちろんこれらのことは、現代思想や芸術運動や情報理論のなかで、相当前から主張されてきたことであるが、それを喫緊の事態として浮上させてしまうのが、アーカイヴのデジタル化であるのかもしれない。

とくに公文書をめぐる問題が連日報道され続けている現在こそ、アーカイヴとは一体何であるのかをつねに問い続けなければいけないのではないかと考えている。アーカイヴとは、つまるところ現代社会の基盤であり、いまや私たちはそれなしで生きることができなくなってしまっているからだ。

※15)私は、京都の小学校で1959年に編まれた郷土誌を、一種のアーカイヴ的実践として捉える論攷「郷土を調べる子どもたち——『北白川こども風土記』と〈アーカイブする実践〉」(216〜233ページ)を寄稿した。


連載「巨大な書庫で迷子になって」
第3回(全3回):ポピュラー・カルチャーとアーカイヴ——期待と困難





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