20, Jan 2015

デジタル・アーカイブにみる新しい公共性のかたち
―フランドル建築アーカイブセンターとアレハンドロ・デ・ラ・ソタ財団の事例から

筆者は2013年10月から2014年9月の一年間、2013年度文化庁新進芸術家海外研修員として国外の建築アーカイブで研修・調査を行ってきた。研修を行った組織は4カ国4ヶ所、調査のために訪れた組織は8カ国40ヶ所にのぼる。今回は数ある世界の建築アーカイブ組織の中でも、非常にユニークなデジタル・アーカイブ活用の取り組みをしているアントワープのフランドル建築アーカイブセンターとマドリッドのアレハンドロ・デ・ラ・ソタ財団の事例を報告する。

寄稿:藤本 貴子(国立近現代建築資料館研究補佐員)

はじめに

アーカイブという言葉は元々、ギリシアの執政官(アルコン)の住所・逗留地=文書保管所を指すギリシア語"arkheion"が語源だといわれている。情報の保管が今よりも困難で高価だった時代に、保管人は情報を司ることで権力を掌握し、文書保管庫は権力を担保する証となった。しかし時代とともに、アーカイブの持つ意味も役割も変わりつつある。筆者は2013年度文化庁新進芸術家海外研修員として4カ国4ヶ所の建築アーカイブ管理組織で研修を受け、8カ国40ヶ所の組織を訪問調査したが、その殆どが特定の個人/団体の存在を担保する証として資料を保管しているわけではなく、研究資料としての使用を促進し広く文化に貢献することを目指していた。

最初に研修を行った米国議会図書館では、整理された資料を誰でも無料で閲覧することができ、多くのデジタル画像をウェブサイトから利用することができた。建築家の事務所で10年間、広報・展示・事務所の新たな活動のために建築資料を扱ってきた筆者にとっては、一般に開かれた形の資料管理が非常に新鮮に感じられ、「歴史資料の公共性」について目が開かれるような思いだった。歴史や文化と関連させながら建築資料を自由に読み解いていくことで、新しい世界が立ち現れる。特にアメリカにおいて「公共」という言葉は、日本のように「道徳」や「規律」ではなく、「自由」や「共有」といった概念を想起させるように思われた。

その後研修・調査に訪れたヨーロッパの国々でも、殆どの建築アーカイブ管理組織が閲覧機能を備えており、普及活動を行っていた。資料を広く公開し周知させる試みは、出版や展示といった活動を通して様々なかたちで過去にも行われてきたわけだが、近年はインターネット技術の向上により、新たな局面を見せているように思われる。


藤本 貴子 FUJIMOTO Takako

1981年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部卒業。磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。

文化庁 国立近現代建築資料館
http://nama.bunka.go.jp/


建築アーカイブ分野でのデジタル・アーカイブへの
取り組み

ひとくちに建築アーカイブ組織と言っても、様々なタイプがある。Museum(博物館/美術館)と名前のつく組織や、国立・公立・大学付属図書館の一部である場合、建築家協会などの組織が管理している場合、特定の建築家個人の名前を冠した財団などである。組織の性格によって資料の収集・管理・公開の方法も少しずつ違っている。

博物館・美術館であれば展示機能が中心となり、見せるための「作品」を集めることが主な目的となる。大学や図書館の場合は研究・調査のために包括的な資料を公開することが主な目的となる。建築家協会や個人建築家の財団の場合は、元々はその組織や個人のための記録として集められ残されたものが、やがて公開に至る場合が多い。資料を公開している組織の多くは検索用のデータベースを持ち、全面的或は一部的にウェブサイト上で公開している。筆者が調査した40の組織のうち、27が公開機能を持ち、23が検索システムを備えていた。保管場所に足を運ばなくても、高解像度の資料にアクセス可能な場合もある。資料のデジタル化が進み、検索システムの機能が向上することは、研究者にとって大きな助けとなっている。また資料のデジタル化は、頻繁な使用による劣化・損傷を防ぐためにも非常に有用である。

筆者も参加した2014年9月21日から26日に行われた国際建築博物館連合(International Confederation of Architectural Museums) の隔年会議では、5日間のうち1日がデジタル・アーカイブについての講義・討論に充てられた(※1)。テーマになっていたのはボーン・デジタル(born digital)と呼ばれるデジタル技術を用いて制作された資料(CAD図面、レンダリング、デジタル写真、電子メールなど)の整理・保存方法である。資料のデジタル化・データベース構築からボーン・デジタル資料の保管・管理へと、デジタル・アーカイブへの取り組みは新たな問題解決を迫られている。講義では建築家・アーキビストなど5人のスピーカーがそれぞれの立場でボーン・デジタル資料への取り組みを紹介した。会議の会場であったカナダ建築センター(Canadian Center for Architecture) で開催中であった展示“Archaeology of the Digital”(“デジタルの考古学”)についてや、ボーン・デジタル資料を整理する際のチーム体制・具体的な整理方法などについて詳しく報告がなされたが、明確な回答はなく、どこでも手探り状態というのが現状のようだ。

しかしデジタルデータの活用やデータベースの構築については、調査先で様々な興味深い試みを聞くことができた。それらの中から2つの事例を紹介したい。

※1)会議のプログラムはウェブサイト上で公開されており、講義・討議内容も追って報告される。


フランドル建築アーカイブセンター(アントワープ)
の試み/情報の共有と普及

フランドル建築アーカイブセンター(The Center for Flemish Architectural Archives、略称CVAa) はフランドル建築協会(Flemish Architecture Instituite)の一部として2003年、アントワープに発足した。ベルギーはフランス語圏・オランダ語圏・ドイツ語圏に分かれているが、アントワープはオランダ語圏のアントウェルペン州の州都である。筆者がこのアーカイブを訪問したのは、「アントワープに資料を持たないアーカイブがある」という噂を耳にしたからであった。それまでにアメリカで半年間研修と調査をし、パリでもいくつかの建築アーカイブの調査をしていたが、「資料を持たないアーカイブ」というのは訪れたことも聞いたこともなかった。

CVAaの主な活動には、フランドル地方に存在する建築アーカイブに関連する情報の収集(資料の所在確認・移動・整理・研究・アクセス方法などについて)とその情報の公開、研究プロジェクトや出版の企画、データベース構築・運営、資料収蔵の仲介、地方および中央政府への仲介、図書館・アーカイブ・博物館・デジタルメディア・教育研究などの分野における他組織との連携、 といったものがある。これらのなかで担当者が一番力を入れて説明してくれたのが、フランドル地方にある大小さまざまな建築アーカイブをつなぐ、データベース間のネットワーク構築 だった。

実際に建築資料を集めている組織であるアントウェルペン州建築アーカイブで調査を行った際に聞いた話によれば、ベルギーではブリュッセルに建築アーカイブが先だって設立されており(※2)、当初はフランドル地方のアーカイブもそこに収蔵されていたという。しかし、フランドルの資料はフランドルで保管・管理しようという機運が高まり、アントウェルペン州建築アーカイブが設立された。 そのような背景もあってか、2003年までにフランドル地方にはすでに規模の大小問わずあまたの建築アーカイブが存在していた。CVAaも設立当初は資料収集を検討したそうだが、収集にあたって既に存在する組織と競合することになっては意味がないので、資料の収集は行わず、情報を集めるセンターとしての機能に特化することになった。

各組織がデータベースに情報を組み込む際には、アーカイブ記述のための国際基準(General International Standard Archival Description、略称ISAD(G)) に従ったフォームに必要事項を記述し、CVAaに提出する。その時、CVAaのデータベース上で検索できる情報の公開ステータスを選択することもできる。閲覧者はデータベース上で検索対象及び該当するアーカイブの概要を知ることができる。各アーカイブが更に詳しい情報を記したウェブページや独自の検索システムを持っている場合、はられたリンクから該当ウェブサイトへとぶことができるようになっている。CVAaが収集した情報は、フランドル地方の文化機関の情報が領域横断的に集約されたODIS※3)というデータベースに組み込まれている。建築にとどまらない活動をした建築家の場合は、複数の情報源から集められた情報が統合されている。例えばJoris Helleputteというゴシック・リヴァイヴァル建築様式の建築家は、ルーヴェン大学建築家科の設立者であり教授であると同時に、カトリック政党の党首でもあった。このため、Helleputteの名前を検索して表示されるページ上で、政治家としての活動は政治史学者によって説明されている 。このページ上ではHelluputteの経歴や人間関係に加え、Helluputteの資料を保有する複数アーカイブの情報が表示され、アーカイブの概要を知ることができる。また、アーカイブそのもののウェブサイトにも外部リンクが貼られている。

ODISデータベース(by courtesy of CVAa and KADOC-KU Leuven)

ODISデータベース
(by courtesy of CVAa and KADOC-KU Leuven)

専属アーキビストがいる組織からの情報提供は問題ないが、訓練されたスタッフのいない小さなアーカイブの場合はISAD(G)への記述を行うことができない場合もある。そのような場合、CVAaのスタッフがエクセルシートなどを受け取り、代行して記述を行いデータベースに組み込むことになる。こうすることで、アーキビストを雇ったり整理に時間をかける余裕のないアーカイブの情報も網羅することができるというわけである。また、そうした小さなアーカイブ組織が資料整理の指針にするための、資料収集から公開までのマニュアルを作成して配布している。

CVAaで行われているのはフランドル地方の各アーカイブ間を横断する試みである。出版プロジェクトも、ある建築家の研究を進めている大学院生と協同し、研究の成果と共に対象研究資料がどのアーカイブに分散しているかを出版物にまとめるなど、異なるアーカイブ間をつなげることが主眼になっている。設立当初は既に異なるシステムを確立していたアーカイブ間をつなぐ調整に苦労もあったようだが、10年を経た今、データベース運営も軌道にのっているようだ。アントウェルペン州地域の文化遺産は自分たちで守る、という意識が州全体で共有されているためかもしれない。CVAaは、地域の建築文化が地域の研究者に研究され共有されていくという何とも魅力的な活動の仲介者であるようにみえた。

※2)現在はブリュッセルの都市・建築・ランドスケープ国際センター(International Center for Urbanism, Architecture and Landscape)に建築アーカイブ及び博物館が含まれている。

※3)現在データベースの一部は英語で検索可能。


アレハンドロ・デ・ラ・ソタ財団(マドリッド)の試み/情報を通じた対話

アレハンドロ・デ・ラ・ソタ財団(Fundación Alejandro de la Sota) はスペインの現代建築史を考える上で非常に重要な建築家であるアレハンドロ・デ・ラ・ソタ(1913-1996)の遺産を引き継ぐ形で、1997年にマドリッドに設立された。建築家本人が40年にわたって使用していた事務所がほぼそのままの状態で残されており、現在はそこに資料が収められ、ときに研究者に公開されている。筆者の調査に応対してくれたのは息子のアレハンドロ・デ・ラ・ソタ・ジュニア氏だった。彼はIT関連会社に勤務しており、建築が専門領域ではないこともあって、従来のアーカイブ運営とは少し違う観点から独自の試みを進めていた。

財団は16年かけて資料の整理を進めてきたが、予算や人員の問題もあり全ての資料整理を終えているわけではない。しかし、ジュニア氏の経験と知識を生かし、2013年にウェブサイトを開設。整理済みの一部資料をデジタル化し公開する取り組みを始めた。 ウェブサイトの機能はいくつかに分かれている。デ・ラ・ソタ自身や財団の紹介、デジタル資料の公開 、デ・ラ・ソタについての研究成果などをはじめとする外部からの投稿を受け付けるシステム である。

アレハンドロ・デ・ラ・ソタ財団開発の投稿システム(全投稿を閲覧数でソートした状態)(by courtesy of Fundación Alejandro de la Sota)

アレハンドロ・デ・ラ・ソタ財団開発の投稿システム(全投稿を閲覧数でソートした状態)
(by courtesy of Fundación Alejandro de la Sota)

現在までにデジタル化された資料は3,000点に及び、データをウェブサイト上で閲覧することができる。会員になれば全てのデータの閲覧が可能であり、データをダウンロードして使用することもできる(※4)。また、投稿システムがユニークで、利用者はデ・ラ・ソタに関する論文、写真、ビデオなどにプロジェクト名等をタグ付け(タグは投稿の際に推奨されるものから選ぶことができる)・記述し、自由に投稿することができる。これらは完全に開かれており、誰でもそれらを閲覧することができる。また、投稿されたデータの形態(論文、写真、映像など)やプロジェクト名でソートすることもできるし、多く閲覧されたデータを知ることもできる。学術的な研究はもちろん、スナップ写真や個人的に撮影された映像もある。大学生がデ・ラ・ソタ設計の私邸の庭にこっそり忍び込んで(!)撮ったという映像「作品」まであった。2013年3月の開設から2014年10月までのこのシステムのページビューは20万余、ビジット数は75,000にのぼるという。

ジュニア氏はこれらの試みについて熱意を込めて説明してくれた。アレハンドロ・デ・ラ・ソタの名前をインターネットで検索すると20万件もの結果が出るが、そこで閲覧することができる情報は出所が確かなものが非常に少ない。このことを遺憾に思い、オリジナルデータ資料への自由なアクセスを可能にし、そのデータを使った成果を 目に見えるかたちにしたかったという。

ジュニア氏はこの試みを更に進める。この投稿システムを、デ・ラ・ソタのみならず同世代の1910~30年代生まれの建築家にも適応しようというのだ。カタルーニャのホセ・アントニオ・コデルクやマドリッドのミゲル・フィサックなど、この世代には特異な才能を発揮した建築家が多く、アーカイブが保管されている場合もある。財団はこの世代の建築家100名を選び、それらのアーカイブをつなぐプラットフォームを創設した 。この試みもCVAaと同じように、在処が不明であった建築家の資料へのアクセスを可能にし、公開を助けている。そしてジュニア氏の場合は更に、それぞれの建築家に対してこの投稿システムを適応させようとしている。ジュニア氏は、いずれ、このプラットフォームと投稿システムを世界中の建築家に適応できれば・・・と展望を語った。

スペイン1910~30年代生まれの建築家アーカイブをつなぐプラットフォーム(by courtesy of Fundación Alejandro de la Sota)

スペイン1910~30年代生まれの建築家アーカイブをつなぐプラットフォーム
(by courtesy of Fundación Alejandro de la Sota)

これらのシステムの構築は財政面でも運営に変化を及ぼした。以前は政府などから少額の支援を受けていたが 、ウェブサイト開設後は使用料によって運営資金の一部をまかなうことができるようになった。また、ウェブページ上で寄付を募るクラウドファンディングも行っている。

これらのビジネス目線で取り組んだともいえる試みに、最初は面食らってしまった。しかし、ジュニア氏の話を聞くうちに、従来にない新しい可能性に気持ちが弾んできた。フィードバックシステム上の投稿はもちろん玉石混淆だが、従来には考えられなかった事物や出来事、文脈とつなげられることで、資料の新しい側面が明らかになる可能性がある。デジタル技術を駆使した、今できる限りの試みといえよう。

※4)年会費は名誉会員:300ユーロ、コラボレーター会員:100ユーロ、フレンド会員:20ユーロ。また、20ユーロで50点の画像がダウンロード可能。


デジタル・アーカイブによる新しい公共性

デジタル・アーカイブの構築と使用には、いくつかの懸念事項もある。
CVAaで調査中、突然停電が起こった。停電になればデータベースを使用することはできない。印刷するなどして物理的にバックアップ をとっているかどうか尋ねたが、返事はNOだった。もちろん、データ上で複雑にリンクが張り巡らされたデータベースのバックアップを物理的にとるというのは無理がある。むしろ、物理的に関連づけられない資料同士がデータベース内でリンク可能であることこそが、デジタル技術の魅力と有用性であろう。しかし、デジタルデータのバックアップ技術は現時点で完全に確立されているとはいえない。ハード面でもソフト面でもデジタルデータが時間的変化にどれだけ耐えうるものであるかは未だ検証されていない。コンピューターという限られた領域でしかデジタル技術は活用できないという事実も常に考慮に入れられなければならない。

また、物理的な建築資料整理・保管の土壌が整わない状況で安易にデジタル化やデータの使用を促進することは、資料の破棄を促すことになったり、安直な使用につながってしまう。筆者が建築事務所に勤務していた頃も、世界中の大学生から、文献にあたれば容易にみつけられるような建築図面をメールで送ってほしいという依頼が多く寄せられ閉口した。アレハンドロ・デ・ラ・ソタ財団の取り組みに関しても、全資料の把握ができていない状態で一部の資料のみのデジタル化と公開を進めていくことに懸念を示すアーキビストもいた。当然実物の手書き図面から得られる情報はパソコンの画面上で見た図面から得られる情報と等価ではなく、研究の種類や深度によって、実物にアクセスできる経路が確保されていなければならない。そのためにも資料の概要を把握し余すところなく研究者に提供できるよう努力することは、アーカイブを公開する側の義務でもある。

しかし一方で、特に個人財団などの私的な組織においては膨大な資料を保管・管理するだけで費用がかさみ、公開に至らないという現実もある。筆者が調査を行った限り、公的な費用の援助を受けないで公開まで理想的な運営ができている組織はル・コルビュジェ財団(パリ) のみだった。周知のごとく、ル・コルビュジェは世界で最も有名な建築家である。ル・コルビュジェ財団でさえ、所有建築の補修の際などには公的な支援を受けている。いわんや他の建築家においてをや、である。

様々な障壁のためこれまでアクセスすることができなかった人々と建築資料が直接結びつき、両者の交換が開かれたかたちで行われる。これだけでも非常にスリリングな体験といえる。しかしデジタル・アーカイブを管理する側は更に、行われた交換をどのようなかたちに結実させることができるのかということまで考えていかねばなるまい。

筆者が研修・調査に行ったどの組織でも、担当者は非常に丁寧に真摯に指導・説明を行ってくれた。担当者ひとりひとりに資料を公開し活用していくという使命が浸透しているからだと感じられた。公的な使命を担う建築アーカイブの公開において、デジタル技術を用いた活用には今後より可能性があると言えるだろう。


デジタル・アーカイブにみる新しい公共性のかたち
―フランドル建築アーカイブセンターとアレハンドロ・デ・ラ・ソタ財団の事例から





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