28, Jan 2010

花園大学国際禅学研究所
禅学総合資料庫 電子達磨#2infolib
Digital Bodhidharma
General Archives for Zen Research

禅録・漢詩の読解に役立つ抄物類の検索システム。キーワードで検索すれば、写本・版本の該当ページにリンクする、Web版禅学大辞典、メタ・ディクショナリである。

執筆:芳澤 勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)

いわゆる禅学と称する分野で扱われる文献は、そのほとんどが漢文である。これらを解読してゆくには通常の漢語辞典だけではおよそ間に合わないのである。禅学に関する辞書類も整備されつつあるとはいえ、まだまだ完備というにはほど遠い状態である。登山家が未踏峰の山に挑むときには、みずからルートを開きつつ、岩場の隙間にナッツ(鉄杭)を打ち込んで、これにロープを結わえて、これをたよりにして登攀してゆくのだが、それと同じような作業が求められるのである。

では、禅学の分野では先人の開発してくれたルート、つまり後学者のためになるような工具書(ツール)がまったくないのかといえば、決してそういうわけではない。室町時代以降、禅は日本文化の形成に大きな影響を与えて来たのであり、禅学はいわばメジャーな学問領域であったといえる。しかも漢文は日本人にとっての唯一の外国語でもあった。多くの先人たちが輝かしい、すぐれた精華を残してくれているのである。いわゆる「抄物」を含めた注解書である。

それらの中には、版本として刊行されたものもあるが、すべてが公刊されているというわけではない。多くは写本として伝わっているのだが、人知れず埋もれているものも少なくないのである。そして、印刷が容易ではなかった時代に於いては、写本は人々に写されることによって広まっていったのであるが、この「写しの文化」はかならず「烏焉馬」の誤謬を含む。つまり写し間違いである。こうしてできたいくつかの写本のうち、長い歴史のなかで消滅を免れて今日まで残っているものも少なくないのである。

写本は多くの場合、数が希少である。中にはたった一種類した存在しないような「天下の孤本」も多い。そして、当然のことながら写本は人の手によって書かれたものであり、中には判読しがたい草書まじりのものもある。現代人が読みかつ利用するには、これまた大きな困難がともなう。そもそも、貴重な写本を閲覧する機会を得ること自体が一大困難である。

このような、禅学における困難を解決する一助として、2005年に花園大学国際禅学研究所で考案されたのが、「禅学総合資料庫 電子達磨#2infolib」である。

主として、寺院に秘蔵されてきた貴重な歴史的遺産を、ご許可をいただいて、まずはデジタル画像にする。同時に、複製本を作成する。写本には「天下の孤本」が多いので、複製本を作成することは大いに意味があるのである。ついで、当該文献に含まれる基本テキストを作成する。そして、このテキスト・データと画像データをリンクするのであるが、これにはInfocom社(http://www.infocom.co.jp/index.html)のデジタル・アーカイブ・システムInfoLib (http://www.infocom.co.jp/das/infolib/index.html)を採用した。公文書、古文書、貴重書、研究成果、学術情報などのデジタルコンテンツをインターネット上で広く公開するためのデジタル・アーカイブ・ソリューションである。

このデジタル・アーカイブ電子達磨は、いわば、印刷文化史におけるもっとも原初的な形態である写本と、デジタルによる情報処理というもっとも先端的な要素を結合したものでもある。


芳澤 勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)
芳澤 勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)

1945年、長野県生まれ。同志社大学卒業。財団法人禅文化研究所主幹を経て、現在、花園大学国際禅学研究所教授(副所長)。専攻・禅学。この10年来、日本臨済禅中興の祖である白隠慧鶴禅師の膨大な著作ならびに禅画・墨蹟の調査研究とその再評価に力を注いでいる。ニューヨークやパリなど海外での講演によって、その思想の普及に努めている。

主要著書
『虎穴録訳注』(2009,12、思文閣出版)
『欠伸稿訳注』乾(2009,4、思文閣出版)
『白隠禅画墨蹟』全3巻(2009,3、二玄社)
The Religious Art of Zen Master Hakuin(2009,3 Couterpoint USA)
『白隠禅師の不思議な世界』(Wedge出版、2008,7)
『白隠―禅画の世界』(2005,5、中公新書)
『通玄和尚語録訓注』上下(共編注、禅文化研究所、2004,4,2005,8)
『江湖風月集訳注』(禅文化研究所、2003,10)
『白隠禅師法語全集』全14巻(禅文化研究所、1999~2003)
『諸録俗語解』(禅文化研究所、1999,5)
『基本典籍索引叢刊』全13巻、(1990~1992、禅文化研究所)
『禅語辞書類従』全3巻(1991~1993、禅文化研究所)


花園大学国際禅学研究所

http://iriz.hanazono.ac.jp/


禅学総合資料庫
「電子達磨#2 infolib」の利用方法

花園大学国際禅学研究所のホームページ(http://iriz.hanazono.ac.jp)の「電子達磨#2」をクリックすします。

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芳澤 勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)
芳澤 勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)

1945年、長野県生まれ。同志社大学卒業。財団法人禅文化研究所主幹を経て、現在、花園大学国際禅学研究所教授(副所長)。専攻・禅学。この10年来、日本臨済禅中興の祖である白隠慧鶴禅師の膨大な著作ならびに禅画・墨蹟の調査研究とその再評価に力を注いでいる。ニューヨークやパリなど海外での講演によって、その思想の普及に努めている。

主要著書
『虎穴録訳注』(2009,12、思文閣出版)
『欠伸稿訳注』乾(2009,4、思文閣出版)
『白隠禅画墨蹟』全3巻(2009,3、二玄社)
The Religious Art of Zen Master Hakuin(2009,3 Couterpoint USA)
『白隠禅師の不思議な世界』(Wedge出版、2008,7)
『白隠―禅画の世界』(2005,5、中公新書)
『通玄和尚語録訓注』上下(共編注、禅文化研究所、2004,4,2005,8)
『江湖風月集訳注』(禅文化研究所、2003,10)
『白隠禅師法語全集』全14巻(禅文化研究所、1999~2003)
『諸録俗語解』(禅文化研究所、1999,5)
『基本典籍索引叢刊』全13巻、(1990~1992、禅文化研究所)
『禅語辞書類従』全3巻(1991~1993、禅文化研究所)


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電子達磨の内容

現在、「電子達磨#2」には、[無著道忠撰述禅学叢書]・[禅林句集・句双紙類]・[臨済録抄集成]・[碧巌録抄物集成]・[漢詩文類]・[白隠禅師語録][禅語辞書類]・[漢文語録類]・[灯史類]の9グループがあり、42のデータを公開しており、その画像数は18,983ページになっている。それぞれのグループに収録されているデータの概要は以下のとおりである。

[無著道忠撰述禅学叢書]

『禪林象器箋』

無著道忠撰。全20巻、目録1巻。禅林の規矩・行事・機構・器物などのついて、その起源・意義など、その縁由、意義を詳述したもの。一種の禅学大事典である。寛保元年(1741)3月1日から校譌をはじめ、毎日20紙ずつ、5月26日に終える。時に89歳。

禪林象器箋
『虚堂録犂耕』

無著道忠撰。全30巻。目録2巻。『虚堂録』10巻に対して、注釈を加えたもの。『虚堂録』は、宋の虚堂智愚の語録で、古来、「文字禅」の最高峰とされているが、また難解を以て知られる。応・灯・関の源流にあたる祖録であるため、わが国の禅林では特別な意味をも持っている。古来の虚堂録抄を縦覧し、これを批判し整理し、あらたな見解を付した無著の注釈は、『五家正宗賛助桀』とともに、禅録解読のためには欠くべからざる霧海の南針である。無著道忠が享保12年(1727)3月1日から執筆を始め、同14年8月28日に成った。時に77歳。

虚堂録犂耕
『五家正宗賛助桀』

無著道忠撰。全20巻。目録1巻。南宋の希叟紹曇『五家正宗賛』4巻に対して、注釈を加えたもの。他に附録1巻があり、緒餘・未決・闕解などを収録する。『五家正宗賛』は、初祖菩提達磨大師より雲峯真覚禅師までの12人の高僧ならびに臨済宗・曹洞宗・雲門宗・潙仰宗・法眼宗の五家各派の祖師、計74人の略伝を叙述し、さらに四六文の賛頌を付し、その宗風を明らかにしたものである。日本でも室町以来、禅林で広く読まれ、詩文を作成する際の拠り所となり、注釈書も作成された。本書は、先人の解釈を批判的に継承し、新たに独自の見解を示した『五家正宗賛』注釈の決定版である。無著畢生の大作『虚堂録犁耕』とともに、無著解釈学の双璧であり、禅録解読には不可欠である。宝永2年(1705)10月に、紀州吹上寺の大梅和尚の弟子東首座から『五家正宗賛』を解説するように請われたのを機に、宝永3年(1706)8月1日から執筆が開始され、翌宝永4年(1707)9月7日に『五家正宗賛助桀』20巻の初稿が完成した。これと平行して、無著は、同年9月2日から『五家正宗賛』の講義を始め、同年11月20日に講了している。また享保11年(1707)5月1日から翌12年正月10日にかけて、一旦旧稿を清書し、その後、寛保元年(1741)6月1日より校閲を開始する。毎日20紙ずつ、同年8月11日に終える。時に89歳。

五家正宗賛助桀
『葛藤語箋』

無著道忠撰。全10巻。本書は、禅録・史伝の中から、俗語・故実・禅語などの語彙を選び出し、1言から8言に分類し、更に、宗乗・師接・学修・人倫・名姓・心肢・性慧・愚滞・動作・乖戻・歌曲・言詮・数目・実辞・虚詞・天象・時年・地載・方処・生植・器具・金宝・衣帛・食餌・禽畜の25項に分ったものである。各語に対して、まず出典を明示し、さらには用例の異同を示す。また従来の解釈に対しても、実証的に批判・考証を加えた上で、詳細な解釈を施す。禅録解釈に不可欠の禅語辞典であり、該博な知識を駆使した無著畢生の撰述書である。元文4年(1739)道忠87歳の時に脱稿し、寛保4年(1744)に清書を終え、序文を付す。時に92歳。この歳に無著は示寂。

葛藤語箋
『大慧普覚禅師書栲栳珠』

『大慧普覚禅師書栲栳珠』(以下『栲栳珠』)は、無著道忠が、宋の大慧宗杲『大慧普覚禅師書』(以下『大慧書』)に対して、『大慧書抄』等の古解を批判的に継承した上で、新たに独自の見解を施した『大慧書』注釈の決定版である。この注釈は、書簡や禅録の解釈にも有用である。『大慧書』とは、公案禅を大成した大慧宗杲が、居士等から寄せられた書簡に対して、禅の要諦を説き示した書簡62通のことをいい、弟子の慧然や黄文昌が収集し、乾道2年(1166)に開版された。その後、日本・朝鮮でも数度にわたって刊行され、禅林で広く読まれたものである。無著は、延宝4年(1676)に、活堂禅師の『大慧書』の提唱を聴き、衆僧の要請で、活堂禅師の提唱を改めて講じてやった。延宝8年(1680)には、雑華院の春首座のために『大慧書』を講じ、そして元禄7年(1694)、衆僧に対して『大慧書』を講じている。『栲栳珠』は、当初『大慧書解』の名であり、無著が、正徳2年(1712)4月から筆を援り、翌年2月に一旦完成する。この時に『栲栳珠』と改題。同年(1713)4月、再び『大慧書』を講じ、評唱の後に、新たに典故の検出できたものを増箋。享保7年(1722)8月に、再び点検質正を始め、翌年5月に終了。その間並行して、享保7年9月から、毎月六度『大慧書』を講じた。拝聴を許可された者は、わずか六人。翌年(1723)5月、提唱を終了。その際に『栲栳珠』の体裁も、従前の10巻から15巻に改められる。時に71歳。なお『栲栳珠』緒余からは、享保14年(1729)77歳までの補訂の跡がうかがえる。無著が、五十年以上にわたり、心血を注いだ労作の一つである。

大慧普覚禅師書栲栳珠
『江湖風月集解』

『江湖風月集解』(内題『江湖集訓解』)。無著道忠撰。全2巻。本書は、南宋元初の禅僧の詩偈選集『江湖風月集』2巻の注釈である。『江湖風月集』は禅林で広く愛読され、注釈書も多数あり、宗門七部書の一つとされる。上巻は、南宋の松坡宗憩(無準師範の嗣)編と考えられ、計33人、134首を収録する。下巻は、後代の人物の手に成り、41人、130首を収録する。他に別本増入分の5人、6首がある。総計79人、270首。その成書過程は詳しくはわからない。『江湖風月集解』は、無著遷化後、妙心寺衡梅院の可山禅悦により、龍華院で発見された未完の稿本である。後に、可山禅悦は、これまでの注釈書の集大成とも言うべき『江湖風月集訓解添足』を著わすが、無著道忠の『江湖風月集解』をほぼ忠実に引用した上で、資料と見解を補い再編集したものである。検索結果画面の詩偈本文の次に「禅文化版 p.○○○」とあるのは、芳澤勝弘編注『江湖風月集訳注』(禅文化研究所、2003年)のページ数である。

江湖風月集解
『敕修百丈淸規左觽』

無著道忠撰。全20巻。目録1巻。『勅修百丈清規』8巻に対して、註釈を加えたもの。『勅修百丈清規』は元の順帝の勅によって東陽徳煇が編集し、笑隠大訢が校正したもっとも完備された禅宗清規であり、唐の百丈の「古清規」の精神に本づきつつ、後代の『禅苑清規』その他を総合し、新たに制定し直したものである。元禄12年(1699)10月に、『勅修百丈清規』の講義を請われたのを機に、同年10月1日から執筆が開始され、翌元禄13年(1970)1月9日に『勅修百丈清規』の註釈が終わる。写し取った枚数は実に1400帳であった。同年1月17日より『勅修百丈清規』の講義を始め、同年4月2日に講了している。また正徳6年(1716)までの17年間において欠けている箇所を補い誤りを訂正し、更に再校補筆し享保3年(1718)に完成する。時に66歳。無著解釈学を代表する著作である。

敕修百丈淸規左觽

[禅林句集・句双紙類]

『句双葛藤鈔』

内題:宗門葛藤集。1字から20字の禅語にカナ注を付したもの。室町時代から江戸初期の禅録の解釈に有効である。元禄5年(1692)版。

句双葛藤鈔
柳枝軒版『禅林集句』

内題:句双紙尋覓。版心:禅林雑句・禅林集句の名が混在。禅語の学習や禅句の尋覓(検索)のため、東陽英朝によって編集されたと言われる一言から八言対に至る禅語集。本書は、己十子が禅句を増補し、さらに典拠および私註を付したものである。室町・江戸期の禅録の解釈にも役立つ。なお、本画像には未収録だが、裏表紙見開きに「柳枝軒、小川多左衛門」の刊記がある。

柳枝軒版『禅林集句』
無刊記本『句双紙尋覓』

柳枝軒版『禅林集句』の解題を参照。柳枝軒版『禅林集句』と同じ。ただし一八五丁末尾の一行を欠くなどのわずかの異同がある。無刊記。

『點鐵集』

逆翁宗順(1433~1488)編。全25巻。序文は天隠龍澤(1422~1500)。本書には、約100種もの諸書より古人の語句を集め、それらを上平一東の韻から下平十五咸に分類している。総数でおよそ39,500句を収録したもっとも浩瀚な「禅林句集」であり、また韻書、辞書も兼ねており、室町中期より江戸期を通じ、主に漢詩の創作の際に用いられた。

點鐵集

[臨済録抄集成]

『臨濟録撮要鈔』

鉄崖道空(1626~1702)撰。元禄4年(1691)刊本。

『臨濟録摘葉抄』

耕雲子撰。元禄11年(1698)刊本。

『臨濟録鈔』

寛永7年(1630)刊本。

『臨濟録密参請益録』

古帆周信(1570~1641)撰。写本。

『臨濟録夾山鈔』

承応3年(1654)刊本。

『臨濟録萬安抄』

万安英種(1591~1654)撰。寛永9年(1632)刊本。

『臨濟録贅辯』

岡田自適撰。大正14年(1925)刊本。

『臨濟慧照禪師語録疏瀹』

妙心寺の学僧、無著道忠(1653~1745)による注釈。享保11年(1726)正月16日に清書をはじめ、同年3月19日に終えたもの。無着74歳のときである。書名にある「疏瀹(ソヤク)」は、開滌に同じで、ひらき洗うという義。『荘子』知北遊に「孔子、老聃に曰く、今日晏閑たり、敢えて至道を問う。老聃曰く、汝斎戒して、心を而(なんじ)の心を疏瀹し、而の精神を澡雪し、而の知を掊撃せよ。夫れ道は窅然として言い難きかな。将に汝が為に其の崖略を言わんとす。……」とあるのに拠る。

臨濟慧照禪師語録疏瀹

[碧巌録抄物集成]

『碧巖録種電鈔』

大智実統撰。『不二抄』と双璧をなす『碧巌録』の注釈書である。元文4年(1739)刊本。

[漢詩文類]

『三体詩由的抄』

宇都宮由的(遯菴;1633~1709)によるカナの注釈。由的抄は、五山以降の偈頌理解のために必須の好資料。元禄13年(1700)刊本。

三体詩由的抄
『錦繍段抄』

『錦繍段』は、唐・宋・元の諸名家の詩328首を、天文・地理などの部門別に集めたアンソロジー。天隠龍澤編。康正2年(1456)成、文明15年(1483)刊。以後、室町禅林での作詩のための基本書となり、五山詩にはここに出る詩をふまえた作が多く見られる。宇都宮由的(遯菴)のカナ抄はもっとも懇切で、五山詩解読のためにはなはだ有効な参考書である。万治4年版の『新刊錦繍段抄』。

錦繍段抄
『中華若木詩抄』

中国と五山僧の詩を交互に配した詩集。これに月舟寿桂(?~1533)がカナで注釈をしたもの。寛永癸酉年刊本。詩題の次にある[ ]内の数字は、岩波書店『新日本古典文学大系』本の整理番号をあらわす。

『古文眞寶』 笑雲抄

古文真宝は、漢から宋までの古詩文を収集し分類した書で、宋末元初の編集と考えられている。前集には詩、後集には文章を収めた名詩名文集で、初学者必須の書である。日本には室町時代始めに伝来し、五山僧の必読書となり注釈書もつくられた。本書のうち『古文真宝前集』の注は、臨済宗聖一派の笑雲清三(生没年不詳。1492~1520ころの人)の『古文真宝抄』を注に収めたものである。『古文真宝後集』の注は、笑雲清三が先輩の高僧の注釈を集めたものであり、「松云」は桂林徳昌(大覚派)、「湖云」は湖月信鏡(~1534)、「一云」は、真如寺の一元、「梅云」は万里集九(1428~?)、「三云」は笑雲清三の注である。

[禅語辞書類]

『祖庭事苑』

宋・睦庵善卿撰。紹興24年(1154)重刊。21種の禅録から選んだ禅語を集め、その本拠などを記したもので、最古の禅語辞典とされる。底本は正保4年刊のもの。

『禪林疏語考證』

全4巻。永覚元賢撰『禅林疏語』中の語句について、超然道果が典拠意味などの注釈を加えたもの。疏の製作には、機縁や古典に関する知識が不可欠なため、こうした注釈書が必要とされた。延宝9年(1681)刊本。

『諸録俗語解』

『諸録俗語解』は禅関策進、博山警語、大慧書、圜悟心要、碧巌録といった宗門の基本書に出る難解な俗語を集め、これを考証しその解を付したものである。写本がいくつかあるが、今回、用いたものは大蔵院本であり、最古の写本と考えられる。大蔵院本は、布施袋の裏面に速筆で書かれているが、筆跡は天龍寺本・法常寺本とおなじものである。また項目数は天龍寺僧堂本、法常寺本よりも少ないが、天龍寺僧堂本、法常寺本には記されていない項目や記述も見られる。第2冊から始まり第5冊まであるが、第1冊があったわけではない。また別冊『参攷類語』乾・坤と『俗語解』上・下がある。該当項目の次に【】で示した数字は、芳澤勝弘編注『諸録俗語解』(禅文化研究所)の項目番号である。

諸録俗語解

[漢文語録]

『欠伸稿』 乾

江月宗玩自筆本。慶長から元和年間の語を収録しいるが、博多崇福寺語、後半生の語は含まれていない。分量的には、影印で刊行されている写本「孤蓬庵本」のほぼ半分だが、「孤蓬庵本」には含まれていない偈頌がかなり多く見られる。そのなかには私的なものがあり、江月の人柄を証す好資料であるばかりでなく、同時代の文化人との交流を記録しているので、寛永文化の消息をうかがう上での貴重な情報を含んでいる。検索結果画面の「思文閣出版版 p.○○○」とあるのは、芳澤勝弘編著『江月宗玩 欠伸稿訳注 乾』(思文閣出版、2009年)のページ数である。

『虎穴録』

妙心寺派四派の一つ東海庵の祖で岐阜瑞龍寺開山、悟渓宗頓(1415~1500)の語録。全2巻。上巻には夢菴如玄の序(享保6年)、後土御門天皇の論旨(文明2年)、後土御門天皇より号を賜ったときの勅使(明応6年)や、大徳寺、妙心寺等の歴住の語録、示衆、法語、偈頌、道号、像賛、自賛、銘を収録している。また下巻には、仏事、行状に加え、旧刊の行状と跋、附録を収録しており、室町禅林を研究するうえで重要な資料である。検索結果画面の「思文閣出版版p.○○○」とあるのは、芳澤勝弘編著『悟渓宗頓 虎穴録訳注』(思文閣出版版、2009)のページ数である。

『禅林類聚』

元の天寧万寿寺善俊、および智境、道泰らの共編。全20巻。禅宗の公案と拈頌の最も総合的な集大成の書。五灯録と諸家の語録中より5272則を選び、原典によって刪定し、その内容により、帝王、宰臣、儒士以下102門に分類してある。この刊本は、延宝三年(1675)に卍元師蛮が全篇に亘って訓点を付したものの後刷であり、古訓を参考するための好資料である。

[灯史類]

『五灯拔萃』

『五燈會元』の注釋書である。室町期の筆写本と思われる。録中の難解な俗語、俗諺への注は貴重なものである。もっとも多い注は、一山一寧(1247~1317)によるものだが、そのほか大休正念(佛源禪師、1215~1289)、約翁徳儉(佛燈國師、1244~1320)の注も見える。また『禪林方語』に見える注も多く引用されているが、その中には現在伝わる數種の『禪林方語』写本には収録されていないものも多くある。注釋部分は翻刻してあるので、『五燈會元』本文のみならず、注釋部分の語からも検索できる。

五灯拔萃

芳澤 勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)
芳澤 勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)

1945年、長野県生まれ。同志社大学卒業。財団法人禅文化研究所主幹を経て、現在、花園大学国際禅学研究所教授(副所長)。専攻・禅学。この10年来、日本臨済禅中興の祖である白隠慧鶴禅師の膨大な著作ならびに禅画・墨蹟の調査研究とその再評価に力を注いでいる。ニューヨークやパリなど海外での講演によって、その思想の普及に努めている。

主要著書
『虎穴録訳注』(2009,12、思文閣出版)
『欠伸稿訳注』乾(2009,4、思文閣出版)
『白隠禅画墨蹟』全3巻(2009,3、二玄社)
The Religious Art of Zen Master Hakuin(2009,3 Couterpoint USA)
『白隠禅師の不思議な世界』(Wedge出版、2008,7)
『白隠―禅画の世界』(2005,5、中公新書)
『通玄和尚語録訓注』上下(共編注、禅文化研究所、2004,4,2005,8)
『江湖風月集訳注』(禅文化研究所、2003,10)
『白隠禅師法語全集』全14巻(禅文化研究所、1999~2003)
『諸録俗語解』(禅文化研究所、1999,5)
『基本典籍索引叢刊』全13巻、(1990~1992、禅文化研究所)
『禅語辞書類従』全3巻(1991~1993、禅文化研究所)


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無著道忠禅師

無著道忠アーカイブ

無著道忠禅師の人と学問

執筆:芳澤 勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)

電子達磨#2の中核となるのは、無著道忠の解釈学的著作である。無著道忠とはいかなる人物なのか、それを簡単にご紹介しておきたい。
日本禅宗の世界で「学聖」と呼ばれる無著道忠(1653~1744)は妙心寺に三住した。その92年の生涯は、ただ一筋の学問生活であった。その精華として、250部、873巻という厖大な著作が現在に残されている。 日本臨済禅中興の祖と呼ばれた白隠慧鶴(1685~1762)は、無著道忠と同時代を生きた。

無著道忠は白隠より33歳年長である。この偉大な二人の禅師は、生涯、ついに面会することはなかったが、互いに交流があった。白隠51歳の時、祖録解釈についての質問を無著禅師(83歳)に呈したことがあった。その質問の内容は不明であるが、白隠に対して無著道忠は懇切な回答を送ったらしい。その教示を感謝する鄭重な書簡を送っており(禅文化研究所蔵)、この書簡によって白隠禅師がこの偉大な学僧を如何に尊敬していたかが伺える。

一方、無著は、元文4年(87歳)、本山の見麼軒(本山住持の隠寮)床の間に掛けられていた、若き白隠の墨蹟(大字墨蹟二幅)を観て、その雄勁な筆致を「活勁なること言う可からず」とたたえている(『紀年録』)。この時、白隠禅師は55歳。墨蹟はそれ以前に書かれたもの、いわば若書きの墨蹟を87歳の老僧であり、宗門の重鎮が絶賛しているである。白隠には『碧巌録秘鈔』という著作があるが、この書には無著道忠の考証が、はっきりと分かるだけで二箇所引用されている。一箇所には『虚堂録犂耕(きどうろくりこう)』の名が明記されている。

『虚堂録犂耕』30巻は無著道忠の代表作である。禅師が75歳の享保12年から30箇月を要して、77歳の時にまとめられた力作である。この年、白隠は45歳。京都で編まれた『犂耕』の成果を、駿河在の白隠禅師が一早く採り入れているのである。『犂耕』は無論、版行されてはいない。コピーなどの利器があるわけではないので、想うに、駿河から誰か弟子でも派遣し借覧するか、あるいは筆写せしめたものであろう。『碧巌録秘鈔』の他の記述を見るに、無著道忠禅師の見解と軌を一にするところが多くあり、白隠禅師は無著禅師の著作をかなり精読されていたフシが窺われるのである。つまり、白隠禅師は最も早い読者の一人であったわけである。

本山に三たび晋住した希代の学僧と、駿河にあって一流再興に努めていた中興の祖との交流、妙心寺派の僧宝と僧宝の出合い、両鏡相照らす関係があったことを知る時、まことに欣快の念を禁じ得ないのである。

さて、今からおよそ100年前の明治42(1909)年、妙心寺派は、開山関山国師550年大遠忌を迎えた。その奉賛企画として、京都の貝葉書院から『禅林象器箋』が活版で出版された。無著禅師著作の初めての公刊である。総892頁、天金・革背の豪華本である。当時の価格で五円(予約特価三円五十銭とある)。この弘瀚の書をすべて活版に翻刻する作業は如何ばかりであったことか、先人の労苦を思う。妙心寺からは、村田無道師が参画し、巻末に無著道忠禅師伝を付載している。『正法輪』262号(明治42年6月20日)で、龍安寺の大崎龍淵師は、「この名著が出版の運に至つたのは全く村田無道君の斡旋に依る……本書のあらん限り氏に感謝せねばならない」と快挙をたたえ、「この出版に依て…妙心寺派に…五百年間出の白隠以外に尚ほ曠世の碩学無著禅師を有することを世上に表するの機会を得た…のは感謝せねばならぬ」と論じている。

しかしながら、無著道忠禅師の厖大な著作の大部分は、いまだに出版されないままである。ごく少数の研究者がその写真版を利用しているに過ぎず、禅師の業績の全貌に接した人はほとんどないと言ってよい。明治42年の『禅林象器箋』刊行という快挙を受け継ぐ動きは、臨済宗内には、しばらく現われなかったのである。
そんな中で、戦前にいち早く、無著道忠禅師の学問に着眼したのは、曹洞宗の飯田利行師であった。師は、評伝『学聖無著道忠』を昭和十七年に発表した。妙心寺派を代表する学僧が、曹洞宗から評価されるのは、慶賀すべきこととはいえ、何とも皮肉なことでもあった。戦後になって、再び曹洞宗の研究者によって無著道忠へスポットがあてられる。当時、『禅学大辞典』刊行という一大計画を準備していた曹洞宗および駒沢大学禅宗辞典編纂所が、昭和34年、『葛藤語箋』を油印(ガリ切り版)で刊行した。『葛藤語箋』は無著道忠禅師による「禅語辞典」であるが、これらの精華は、やがて刊行される『禅学大辞典』に収斂されていくことになったのである。

時代は推移し、近年、無著道忠禅師の学問に再び照明をあてたのは柳田聖山教授であろう。一九七七年頃から、『禅林象器箋(ぜんりんしょうきせん)』『勅修百丈清規左觿(ひゃくじょうしんぎさけい)』『葛藤語箋(かっとうごせん)』『禅林句集辨苗(べんみょう)』『臨済録疏鑰(そやく)』などの基本書を、台湾の中文出版社から影印で刊行し、研究者の利用に供し、一方では「無著道忠の学問」という論文で、禅師の学問を世界に挙揚された。

柳田教授は、禅師の業績を「妙心寺派の宗学者たるにとどまらず、全仏教史上、延いては東洋の人文史上に最高の功績を残した学者」であり、「その学問の成果は、今日なお世界的な東洋学の水準において遜色をもたぬのみか、あるものは、今日の科学研究が未だなし遂げていない分野をも含んでいる。ただしこの事実を知る人は極めて少ない」としている。

つづいて、1990年より、禅文化研究所は「基本典籍索引叢刊」の一環として、無著禅師の代表作ともいうべき『虚堂録犂耕』『五家正宗賛助桀』『大慧普覚禅師書栲栳珠』の三大著作を影印にし、これに初めて詳細な索引を付して刊行し、ここに無著禅師の主要著作が広く利用されるようになったのである。

以上、明治から現代に至る、無著禅師著作への取り組みをみてきたが、これまでに、刊行されたものはまさに氷山の一角であり、厖大な著作群、この法財はいまだ埋もれたままである。 飯田利行師は「殺生という言葉は、生きているものをさいなむということばかりでなく、世に埋れている人材を見捨てておくということも、やはりおなじである」と言われている。

明治42年、妙心寺が『禅林象器箋』を刊行してから、ほぼ100年後、花園大学国際禅学研究所のHP上で無著道忠の主要著作を検索し閲覧できる「電子達磨#2」が完成した。禅師の空前絶後の功績が不朽のアーカイブとなり、しかも簡便に検索閲覧できるようになったのである。

禅師の学殖はつとに海外でも高く評価され、その閲覧が望まれてきたが、世界中の東洋学研究者が利用できるようになったわけである。2009年11月、パリで極東学院を訪ねた際に、ある研究者が「昨夜、電子達磨でひとつ重要な項目を検索することができました」と言うのを聞いて、大いに欣快を感じたのである。


芳澤 勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)
芳澤 勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)

1945年、長野県生まれ。同志社大学卒業。財団法人禅文化研究所主幹を経て、現在、花園大学国際禅学研究所教授(副所長)。専攻・禅学。この10年来、日本臨済禅中興の祖である白隠慧鶴禅師の膨大な著作ならびに禅画・墨蹟の調査研究とその再評価に力を注いでいる。ニューヨークやパリなど海外での講演によって、その思想の普及に努めている。

主要著書
『虎穴録訳注』(2009,12、思文閣出版)
『欠伸稿訳注』乾(2009,4、思文閣出版)
『白隠禅画墨蹟』全3巻(2009,3、二玄社)
The Religious Art of Zen Master Hakuin(2009,3 Couterpoint USA)
『白隠禅師の不思議な世界』(Wedge出版、2008,7)
『白隠―禅画の世界』(2005,5、中公新書)
『通玄和尚語録訓注』上下(共編注、禅文化研究所、2004,4,2005,8)
『江湖風月集訳注』(禅文化研究所、2003,10)
『白隠禅師法語全集』全14巻(禅文化研究所、1999~2003)
『諸録俗語解』(禅文化研究所、1999,5)
『基本典籍索引叢刊』全13巻、(1990~1992、禅文化研究所)
『禅語辞書類従』全3巻(1991~1993、禅文化研究所)


花園大学国際禅学研究所

http://iriz.hanazono.ac.jp/

無著道忠禅師

無著道忠禅師


白隠研究と電子達磨

執筆:芳澤 勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)

白隠禅画墨蹟
白隠禅画墨蹟〈全3冊〉

白隠慧鶴禅師(1685~1768)は日本臨済禅中興の祖として、最も著名かつ重要な宗教家である。いま日本に伝わる臨済禅の法系はすべて白隠下になるから、現在の臨済禅は文字どおり「白隠禅」といってよいのである。
鎌倉時代に新思想として中国から伝わった禅は、室町時代に著しく発展し、日本文化の形成に大きな影響を与えた。この時代の国家運営を担う人材の教育や供給の役割も果たしたのだが、一般民衆とは乖離したものであり、次第に衰退していった。やがて、江戸時代になり戦争もなくなり、人口がふえ生産力があがり、寺子屋の教育で、世界史上、比類のないほど識字率の高い民衆が登場した。そこに現れたのが白隠である。

室町時代の禅は京都を中心にし政治とも大きく関わったが、その本質は隠遁的な「山林志向」であった。それに対して、白隠は人々が現実生活をしている中に入って行って教えを説く「十字街頭の禅」を実践したのである。そのための方便として用いたのが、膨大な数の白隠禅画である。これらの禅画は実に新奇な工夫をこらしたもので、300年後の今日でも、新鮮な刺激と深い示唆を与えるものである。

花園大学国際禅学研究所の白隠学研究室は、この白隠の業績を総合的に解明し、その思想を現代に活かすことを目的に研究活動を行っている。そのために、2003年以降、日本全国のみならず、海外にも流出している白隠の禅画・墨蹟の調査を行ってきた。そして、その成果を2009年3月、1050点を収録した大型図録として、東京の二玄社から刊行した。
http://iriz.hanazono.ac.jp/zengabokuseki.html
http://www.nigensha.co.jp/shodo/bk_info.html?2011&INF=2058

これら白隠の絵画資料に関連して、花園大学国際禅学研究所HPでは、以下のようなコンテンツを公開している。

■白隠墨蹟の世界http://iriz.hanazono.ac.jp/hakuin/artwork.html
これは高解像度画像データソフトZOOMAで、超拡大画像として閲覧できると同時に、「翻刻ビュー」によって、草書で書かれた賛文の翻刻データを見ることができるものである。この「翻刻ビュー」は「くずし字解読」のための支援コンテンツでもある。
http://iriz.hanazono.ac.jp/hakuin/tsurigane/tsurigane.html

■「白隠ワールド」マップhttp://iriz.hanazono.ac.jp/hakuin/worldmap.html
白隠が生誕し、かつ活動の拠点とした駿河原宿の周辺を「東海道分間絵図」の高精細ZOOMA画像で提供すると同時に、その古地図上に埋め込まれたタグで、さまざまな白隠関連資料・論文へとリンクしてゆくものである。

■「富士大名行列図」
http://ga.hanazono.ac.jp/zoomaplus/fuji/index.html
白隠の代表作を高解像度画像データソフトZOOMAで提供すると同時に、画面内に埋め込まれたタグによって、論文「富士大名行列図の意味するもの」(芳澤勝弘)にリンクし、この絵の各部分がどのような意味を持ったものであるかを解明するものである。

■「人丸図」「渡唐天神図」Flash (作成:福留光人)

人丸図
http://iriz.hanazono.ac.jp/k_room/k_room01e_hitomaru.html
http://iriz.hanazono.ac.jp/k_room/k_room01e_totoutenjin.html
渡唐天神図

白隠はいくつかの文字絵を描いている。絵の中にいくつもの文字を埋め込むことによって、単なる絵画以上のメッセージを発しているのである。しかし、どこにどのような文字が埋め込まれているのかを特定することは、そう簡単なことではない。これを解読した結果を、Flash Playerのアニメーションによって追体験できるものである。


電子達磨#2上の白隠語録

『さし藻草卷之一』白隠慧鶴自筆刻本。
『さし藻草卷之二』白隠慧鶴自筆刻本。
『さし藻草御垣守』白隠慧鶴自筆刻本。
『遠羅天釜卷之一』白隠慧鶴自筆刻本。
『遠羅天釜卷之中』白隠慧鶴自筆刻本。
『遠羅天釜卷之下』白隠慧鶴自筆刻本。
『夜船閑話』白隠慧鶴自筆刻本。
『夜船閑話卷之下』白隠慧鶴自筆刻本。
『假名葎』白隠慧鶴自筆刻本。

電子達磨#2では、上記の白隠法語が公開されている。白隠法語の大半は白隠が自筆で書いたものを版本にしたものである。それは江戸時代の標準書体である「御家流」で書かれている。しかしながら、この草書体は現代人には容易に読めるものではない。このコンテンツは、このような草書体を習熟するための支援システムでもある。
草書解読のための支援システムは、この他にもガラスビューによる「白隠自筆版本画像データベース」を公開しているので、これとあわせて利用することもできる。
http://iriz.hanazono.ac.jp/k_room/glass_view.html
草書で書かれた文献の画像上にカーソルを移動させると、その文献の翻刻テキストが透けて見えるもので、初心者の草書解読のためのツールである。

白隠の代表著作である漢文語録『荊叢毒蘂』は全9巻、拾遺1巻の浩瀚なものである。白隠は生前にこの自分の語録を刊行しているのだが、さらに自らこれを提唱(講義)もしているのである。そして、当時これを聴講した弟子たちが、その提唱(講義)の一部を記録し、刊本の『荊叢毒蘂』に書き入れたものがある。このような本のことを「書き入れ本」と称するのだが、禅宗における解釈学の歴史はこれらの「書き入れ本」と大きく関わるのである。
『荊叢毒蘂』の書き入れ本も複数存在するが、花園大学図書館の今津文庫には、もっとも注目すべきものがある。その各冊末尾に「書入者東嶺和尚親跡、並快麟和尚見処最可依憑」と書かれているから、白隠の弟子である東嶺和尚などによって書かれたものとわかる。
一般に「書き入れ」は極細字でされる。本書も極めて小さな字でぎっしりと書き込まれており、中には錯綜していて判読しにくいところが多い。これを判読するには、高精細に拡大する必要がある。花園大学国際禅学研究所の白隠学研究室では目下、『荊叢毒蘂』の全229丁をZOOMAによって高精細画像にして解読中である。そして、近くこれを電子達磨に搭載する準備を進めている。下記でその一例を見ることができる。
http://ga.hanazono.ac.jp/zoomabook/


芳澤 勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)
芳澤 勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)

1945年、長野県生まれ。同志社大学卒業。財団法人禅文化研究所主幹を経て、現在、花園大学国際禅学研究所教授(副所長)。専攻・禅学。この10年来、日本臨済禅中興の祖である白隠慧鶴禅師の膨大な著作ならびに禅画・墨蹟の調査研究とその再評価に力を注いでいる。ニューヨークやパリなど海外での講演によって、その思想の普及に努めている。

主要著書
『虎穴録訳注』(2009,12、思文閣出版)
『欠伸稿訳注』乾(2009,4、思文閣出版)
『白隠禅画墨蹟』全3巻(2009,3、二玄社)
The Religious Art of Zen Master Hakuin(2009,3 Couterpoint USA)
『白隠禅師の不思議な世界』(Wedge出版、2008,7)
『白隠―禅画の世界』(2005,5、中公新書)
『通玄和尚語録訓注』上下(共編注、禅文化研究所、2004,4,2005,8)
『江湖風月集訳注』(禅文化研究所、2003,10)
『白隠禅師法語全集』全14巻(禅文化研究所、1999~2003)
『諸録俗語解』(禅文化研究所、1999,5)
『基本典籍索引叢刊』全13巻、(1990~1992、禅文化研究所)
『禅語辞書類従』全3巻(1991~1993、禅文化研究所)


花園大学国際禅学研究所

http://iriz.hanazono.ac.jp/


花園大学国際禅学研究所
禅学総合資料庫 電子達磨#2infolib
Digital Bodhidharma
General Archives for Zen Research





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