31, Oct 2012

日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴと美術アーカイヴの意義

日本の美術関係者に聴き取り調査を行い、それを口述資料として保存・公開している非営利団体、日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ。本団体の代表である加治屋健司氏に活動の意義や、美術アーカイヴの現状について寄稿していただいた。

寄稿: 加治屋健司(日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ代表、広島市立大学芸術学部准教授)

オーラル・ヒストリーの収録:中里斉氏(右)
聞き手は富井玲子(左)と池上裕子 (2008年12月20日、中里氏自宅)

1. 日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴとは

日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ は、2006年12月に設立された非営利団体で、日本の美術関係者に聴き取り調査を行い、それを口述資料として保存・公開している。メンバーは12名で、その多くは美術史を専門とする大学教員や美術館学芸員である。2007年8月から聴き取り調査を始め、2012年10月時点で聴き取り調査の数は69名分に達している。そのうち書き起こしや確認を終えた39名のオーラル・ヒストリーをウェブサイトで公開している。

現在の聴き取り調査は1950年代から1960年代にかけて活動した作家を中心に行っているが、当時の動向を知る批評家や研究者にも話を聞いている。調査の対象は日本在住の関係者に限定しておらず、アメリカに住む在外メンバー4名の協力を得て、海外にいる日本美術関係者のオーラル・ヒストリーも収集している。さらに、オーラル・ヒストリーのアーカイヴに多様性をもたせるために、比較的若い世代の作家を対象とした聴き取り調査も試みている。

私たちの活動以外にも、美術関係者に対するインタヴューは数多く行われている。学術研究や展覧会準備のために研究者や学芸員は日常的にインタヴューを行っているし、雑誌や書籍、ウェブサイトにも美術関係者のインタヴューは数多く掲載されている。しかし、前者のインタヴューは非公開が基本であり、後者は、展覧会や出版など特定の目的に向けて行われるため、話題が限定されている場合がほとんどである。それに対して、日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴは、語り手の生い立ちから現在の活動までを網羅的に聴き取り、研究・調査などの目的に供するため、それを一般公開している。私たちは、公開したオーラル・ヒストリーの著作権を有しており、閲覧者が非営利的な目的(学術論文、美術批評、教育現場での使用など)で使用する場合は、アーカイヴの許可を得ずにオーラル・ヒストリーを使用できるようにしている。


加治屋健司 KAJIYA Kenji
加治屋健司 KAJIYA Kenji

日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ代表。1971年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程、ニューヨーク大学大学院美術研究所博士課程、スミソニアンアメリカ美術館研究員を経て、2007年より広島市立大学芸術学部准教授。2012年コロンビア大学客員研究員。広島市在住。
共著に『マーク・ロスコ』(淡交社、2009年)、『Count 10 Before You Say Asia: Asian Art after Postmodernism』(国際交流基金、2009年)、共編著にFrom Postwar to Postmodern, Art in Japan 1945-1989: Primary Documents (MoMA Primary Documents) (Durham: Duke University Press, 近刊)、企画・編集に「ネゴシエーションとしてのアート」『表象05』(月曜社、2011年)、訳書=イヴ=アラン・ボワ、ロザリンド・クラウス『アンフォルム 無形なものの事典』(高桑和巳、近藤学と共訳、月曜社、2011年)がある。

日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ

http://www.oralarthistory.org/


2. デジタル・アーカイヴの利点と必然性

日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴは、オーラル・ヒストリーをオンラインで公開しているため、デジタル・アーカイヴであると言える。デジタル・アーカイヴの利点として、アクセスや検索の利便性が挙げられる。特定の場所に行かないと閲覧できなかったり、印刷物であるがゆえに必要な情報を探すのに時間がかかったりするよりは、インターネットの利用が一般化している現在、ウェブサイトに掲載するほうが利用者の利便に供すると考えている。とりわけ、海外の研究者による利用を考えた場合、オンライン化することのメリットは計り知れない。

もっとも、アーカイヴのデジタル化に懸念を抱く人もいるかもしれない。ウェブサイトは絶えざるメンテナンスが必要である。レンタルサーバー会社との契約も更新し続けなければ、情報にアクセスできなくなる。しかし、聴き取り調査の音源や映像はそもそもデジタルで収録しており、元の音源や映像もまた定期的なメンテナンスを必要とする。現在音源や映像を保存しているHDDやDVDは数十年後には使用できなくなっている可能性が高いので、メディアの更新作業が不可欠である。したがって、デジタル化に伴っているように見える懸念とは、実は、アーカイヴ自体が抱えている問題であり、デジタル化しなければ回避できる問題ではないのである。

オーラル・ヒストリーの収録:堂本尚郎氏(右)
聞き手は池上裕子(左)と粟田大輔 (2008年11月15日、堂本氏自宅)


3. 美術アーカイヴの現状

この文章が掲載されている本コーナーは、デジタル・アーカイヴに関するものであるが、日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴが最も関心を寄せているのは、デジタル・アーカイヴよりもアーカイヴ自体であることにも触れておきたい。そのために、少し回り道になるが、国内外における美術アーカイヴの現状について説明させてもらえればと思う。私たちは、アーカイヴ自体に対する認識を高めていくことが、デジタル・アーカイヴの構築を促進すると考えている。

今日、世界的に見て、現代美術の研究にはアーカイヴの存在が必要不可欠となっている。美術作品の形式的な特徴に注目するモダニズムの退潮とともに、美術作品を、それが作られた経緯や背景とともに理解しようとする考え方が主流となってきたからである。現代美術の研究者は、アーカイヴで、アーティストや批評家、ギャラリスト、場合によってはその家族などを含めて、美術関係者が残した書簡やノート、メモ、スクラップブック、写真、オーラル・ヒストリーなどの一次資料を調査するのが一般的になっている。

現代美術の世界で活躍がめざましい国の多くは、本格的な美術アーカイヴを有している。アメリカには、国立スミソニアン協会に属するアメリカ美術アーカイヴ がワシントンDCにあり(1954年設立)、ドイツには、ニュルンベルクのゲルマン国立博物館内にドイツ美術アーカイヴ がある(1964年設立)。香港には、AMeeTの本コーナー でも紹介されたアジア美術アーカイヴ があり(2000年設立)、韓国には国立芸術資料院 がある(1979年設立)。いずれも、上記に挙げたような一次資料を収集すると同時に、その多くがオーラル・ヒストリーの収集にも取り組んでいる。

こうした美術アーカイヴには、デジタル化に積極的なところも少なくない。アメリカ美術アーカイヴの資料は、かつては、ワシントンDCの本館かニューヨーク支部、あるいは、マイクロフィルムを所蔵する全米4か所の図書館・美術館に足を運ばないと閲覧できなかったが、現在は、オーラル・ヒストリーのオンライン化が進行している。アジア美術アーカイヴは、2010年からコレクションをオンライン化するプロジェクトを進めていて、1980年代の中国現代美術アーカイヴや、インドの評論家ギータ・カプーアとその夫の作家ヴィヴァン・スンダラムに関する資料などもデジタル化されている。


4. グローバルな状況における日本美術
~美術アーカイヴの意義

日本でも近年、美術アーカイヴに対する関心が高まっている。文化財の調査・研究および文化財に関する文献や画像資料の蓄積を行っている東京文化財研究所 は、現代美術の分野では、個人で現代美術の資料を収集していた笹木繁男氏の寄贈資料を有しており、画廊が寄贈した資料も多数所蔵している。1993年に設立された慶應義塾大学アート・センター は、美術、音楽、演劇、文学などの諸芸術を研究する大学の付属施設である。展覧会やシンポジウム、研究会などを開催する一方で、芸術に関する資料を収集・調査・研究するアーカイヴの活動も行っており、土方巽、瀧口修造、イサム・ノグチ、油井正一の資料を収集したアーカイヴをもっている。いずれも、所蔵資料の目録がウェブサイトで公開されており、アーカイヴ資料を調査する手助けとなっている。

これらのアーカイヴは、まずアーカイヴ資料の収集・保存を行っていて、そのうえでデジタル化に取り組んでいる。当たり前のことであるが、デジタル・アーカイヴは、資料があってこそ大きな意味をもつ。なぜこんな当然のことを言うのかといえば、デジタル・アーカイヴに対する関心の高まりに比して、日本では、アーカイヴ自体への関心がまだ十分に高まっていないと思われるからである。

戦後日本美術の研究では、アーカイヴ資料の収集・保存が大きく遅れている現状がある。上記のアーカイヴも、戦後日本美術の作家に関するアーカイヴ資料を網羅的に収集・保存しているわけではない。個別の作家を対象とする研究は、資料が少ないと議論の妥当性が担保できないため、研究がなかなか進展しない。それだけではない。先ほども触れたように、現在、作品をコンテクストの中で分析・理解していこうという考えが主流になりつつある。それは、多文化主義やポストコロニアリズムによって理論的に支えられて、90年代以降、非西洋地域の美術を評価する機運を作り出していった。戦後日本美術に対する世界的な関心の高まりは、こうしたコンテクスチュアリズムに由来している。したがって、戦後日本美術に関してアーカイヴ資料の収集・保存が不十分な状態が続くと、戦後日本美術自体がグローバルな研究状況の中で見えにくくなる可能性がある。

日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴは、こうしたグローバルな状況の中で構想して立ち上げたものである。私も副代表の池上裕子(神戸大学准教授)も、アメリカの大学院で学んだアメリカ美術研究者として出発しており、メンバーの中には海外の研究者や学芸員とのネットワークをもつ者も少なくない。世界的な状況を踏まえたうえで、戦後日本美術の研究に何が必要なのかを考えたとき、美術アーカイヴの重要性を強調しすぎることはないだろう。アーカイヴに関する認識を高めていくことが、デジタル・アーカイヴに関する議論をさらに深めると同時に、デジタル・アーカイヴの構築を促進していくのではないだろうか。

オーラル・ヒストリーの収録:藤原信氏(右)
聞き手は坂上しのぶ(左)と加治屋健司 (2010年11月29日、広島市立大学)


日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴと美術アーカイヴの意義





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