05, Jan 2016

アーカイブズのデジタル化がめざすもの

筆者が専門とする「アーカイブズ学archival science」と「デジタル・アーカイブ」は、はたして「アーカイブ」を介して関係を持つのだろうか。正直なところよくわからない。それどころか、「デジタル・アーカイブ」を用いて語られる対象領域は拡張の一途を辿っていて、その様子を見るに付けて疑問が募るばかりだ──。

寄稿:齋藤歩(学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻博士後期課程)

「アーカイブ」ってどういう意味?

冒頭で触れた状況はなにも日本に限ったことではない。米国議会図書館でデジタル・アーキビストを務めるトレヴァー・オウエンスは、同じ用語が異なる意味で語られる現実に対して「アーカイブってどういう意味? What Do you Mean by Archive?」と問い、例として「アーカイブ」の用法を七つ挙げている(※1)。

① Archive as in Records Management
(記録管理におけるアーカイブ機関または機能)
② Archive as in "The Papers of So and So"
(「誰々文書」というときのアーカイブ記録)
③ Archive as in "Right Click -> add to Archive"
(「右クリックでアーカイブに加える」というときのアーカイブ)
④ Archive as in "Tape Archive"
(「テープ・アーカイブ」というときのアーカイブ)
⑤ Archive in "Web Archive"
(「ウェブ・アーカイブ」のアーカイブ)
⑥ Archive as in "Digital Archive"
(「デジタル・アーカイブ」というときのアーカイブ)
⑦ Notions and Considerations of "The Archive"
(観念や考察対象としての「アーカイブ」)

このうちアーカイブズ機関やアーカイブズ機能、または記録群を指す①②は(※2)、アーキビストやアーカイブズ学の研究者にも馴染み深い用法である(※3)。一方「デジタル・アーカイブ」は、に別記している。ここでの意味は「デジタル・コレクション」であり、アーカイヴァル・コミュニティが使う①②の「アーカイブ」とは区別している。また、は「アーキビストにとって悩みの種」などと述べられているが、実務を支えるアーカイブズ学は他の学問領域から知的な恩恵を受けることでその理論が発展してきたことを忘れてはならない(※4)。

かといってアーカイブズの諸活動とデジタル・アーカイブの取り組みがまったく別々の考えに基づいているのかといえば、実際にはそうでもない。デジタル・コレクションを公開しているアーカイブズは数多く存在するからである。そのうち国立公文書館やアジア歴史資料センターによるデジタル・アーカイブは、日本の国立機関のアーカイブズ活動の一端として本連載ですでに紹介されている(※5)。

アーカイブズにおけるデジタル化の試みは枚挙に暇がなく、筆者が専門とする文化芸術分野でも事例は少なくない。ただし、アーカイブズにおけるデジタル技術の活用はデジタル・コレクションの構築に目的を限定するものではない。むしろデジタル・コレクションをいくら眺めていてもデジタル化が施されたアーカイブズ(digitized archives)の全貌把握には至らない。なぜなら、コレクションとアーカイブズの区分は、収集の人為を含む「コレクション」と、記録の作成者の業務や活動そのものの鏡となることを目指す「アーカイブズ」の違いを意味しており、二つは本質的に異なる記録体だからである。その違いをあえて強調すれば、「コレクション」においては選択の恣意性が価値を生むことすらあり、一方で「アーカイブズ」は──古くはヒラリー・ジェンキンソンが「モラル・ディフェンス」と述べてアーキビストによる介入に慎重な態度をとったように──どちらかというと選択における恣意性を避けることで、記録が作成された背景をありのままに再現しようとする(ただし、現在ではアーキビスト像が多様となっている。詳しくは後述)。

※1)Trevor Owens, "What Do you Mean by Archive? Genres of Usage for Digital Preservers", The Library of Congress, February 27, 2014.

※2)一般的にarchivesは「館」と「記録群」の二つの意味を持つが、本稿では文意を明瞭にするために前者を「アーカイブズ機関」と表現している場合がある。

※3)アーカイブズ学は、記録群の受入れ、目録の作成、レファレンス・サービスの提供、保存環境の整備等といった、アーカイブズ機関で実行される諸活動の手法を構築し、その原理を探求し、記録の管理と利用にまつわる人類の試行錯誤を辿ることなどを研究対象とする学問領域である。このようなことわりが必要なほど、日本ではまだなじみの薄い学問なのかもしれない。しかし、そのような議論の蓄積のうえに世界のアーカイブズ機関の活動があることは、もっとよく知られてもよい。
以下ではこのようなアーカイブズ学に立脚して、日本の「アーカイブ」や「デジタル・アーカイブ」について論じている。本稿に先行する近年のおもな関連論考として紹介しておきたい。(a)は、「デジタルアーカイブ」に対して自身が抱く違和感の根拠を「伝統的アーカイブズ」の定義を参照して分析している。(b)は、日本の「アーカイブ」の用法の多様さを指摘したのちに、アーカイブズ学の概念を用いた二つの視点を投じて状況整理に取り組んでいる。(c)は、アーキビストの立場からアーカイブズ学に基づいて近年の「デジタル・アーカイブ」の議論へ意見を表明している。いずれもアーカイブズ学が日本の「アーカイブ」の展開に関与する可能性を探っている。
a)森本祥子「伝統的なアーカイブズとデジタルアーカイブ──発展的な議論を進めるために」(『アーカイブズ学研究』No. 15、日本アーカイブズ学会、2011、55-60頁)。
b)古賀崇「アーカイブズをいかに位置づけるか──日本の現状からのレビュー」(『情報の科学と技術』Vol. 62、情報科学技術協会、2012、408-414頁)。
c)平野泉「『ズ』のあるなし......にかかわらず」(『ライブラリー・リソース・ガイド』No. 11、2015、116-119頁)。

※4)例えば以下の論考では哲学とアーカイブズ学の理論との影響関係を整理している。Rachel Hardiman, "Under the influence: the impact of philosophy on archives and records management" in Archives and Recordkeeping: Theory into practice, facet, 2013.

※5)「歴史公文書のデジタル・アーカイブ、アジア歴史資料センター」や「国立公文書館におけるデジタルアーカイブの取組み」など。


齋藤歩 SAITO Ayumu
齋藤歩 SAITO Ayumu

1979年生まれ。編集者、女子美術大学非常勤講師。学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻博士後期課程。論文=「建築レコードの目録編成モデル──『スタンダード・シリーズ』から考える」(『GCAS Report』Vol. 3、学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻、2014)、「アーカイブズはなぜ斯くもわかりにくいのか───ヨーロピアナ・ファッションから学ぶこと」(『vanitas』No. 4、アダチプレス、2015)ほか。研究テーマは「建築レコードArchitectural Records」。最近はファッションや美術へと研究領域を拡張中。

Ayumu Saito | Gakushuin University
- Academia.edu
https://gakushuin.academia.edu/AyumuSaito/


世界のアーカイブズに学ぶ

アーカイブズのデジタル化がなにをめざしているのかを知り、アーカイブズの自立した価値を理解する手がかりとして、はじめにデジタル化と情報通信の技術を活用したアーカイブズの事例をいくつか紹介する。続けて、アーカイブズ学の考え方を参照しながら、そのねらいについても考えていきたい。

事例1:ハラルド・ゼーマン・ペーパー

ゲティ研究所が所蔵するハラルド・ゼーマン・ペーパーは、大半の整理を終えて、デジタル化された目録がウェブサイトで公開されている(※6)。そのうちシリーズ4「写真」の一部は、アイテム一点別のデジタル・コレクションとして閲覧できる。これらの画像コレクションがいわゆる「デジタル・アーカイブ」だろうが、アーカイブズのデジタル化を理解するには電子化されてオンラインで公開されている目録にも目を向ける必要がある。

この目録は、1950年代後半から約50年にわたって150以上の展覧会を企画したゼーマンの活動を九つのシリーズによって再現しようとしている。「1:プロジェクト・ファイル」「2:アーティスト・ファイル」「3:キュレーター&ミュージアムの専門ファイル」「4:写真」「5:専門活動」「6:特別研究ファイル」「7:ギャラリー&ミュージアムのエフェメラ」「8:個人ファイル」「9:業務ファイル」のシリーズ構成からは、ひとりのキュレーターの足跡を辿ることができ、「シリーズ」から記録群全体を把握しようとするこのようなアーカイブズ学の手法は、その再現性を強力にバックアップしている(※7)。シリーズ直下の階層に注目すれば具体的なアーカイブズの種別──ノート、スケッチ、作家や家族との手紙、図面、展覧会の広報資料、調査資料、切り抜き、写真、ネガフィルム、スライド、研究資料、業務文書、音声記録──も知ることができ、ここにはキュレーターの活動をアーカイブズとして再現する際のひとつのモデルが示されている。

この目録は現時点で、シリーズ5と6の整理を残すのみとなったが、プロジェクトの発足当初より、整理が完了したシリーズから順次公開されてきた。紙とデジタルで目録の記述内容に媒体差はないが、デジタル媒体は更新の負担が少ないという特徴をもつ。その利点を活かした軽快なフットワークで公開情報を随時アップデートすることは、プロジェクトの進行にデジタル媒体独特の活気を与えている。

A Closer Look: Being Harald Szeemann

※6Harald Szeemann papers, 1836–2010, bulk 1957–2005, Getty Research Institute.

※7)「シリーズ」の役割については、建築分野のアーカイブズを対象として以下で詳しく論じている。齋藤歩「建築レコードの目録編成モデル──『スタンダード・シリーズ』から考える」(『GCAS Report』Vol. 3、学習院大学大学院人文科学研究科アーカイブズ学専攻、2014、20-41頁)。


事例2:MoMAアーカイブズ

アート・アーカイブズの例としてもうひとつ紹介したいのは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のアーカイブズである(※8)。MoMAアーカイブズの活動は目録や記録群だけでなく、ミッションや運営ポリシーもウェブサイトに公開されているので、ここからアーカイブズの機能面の規範を学ぶことができる。

「組織記録Institutional Records」と「手稿コレクションManuscript Collections」からなるこのアーカイブズは、前者によってミュージアムの運営にともない作成される記録や職員の私文書にも注目している点に特徴がある。その背景には日常業務における記録管理への高い意識がうかがえ、その実践のために、アーカイブズのディレクターがミュージアムの組織全体におよぶ記録管理プログラムに対しても責務を負っているほどである。加えて、記録管理のためのガイドライン(Guide to the Records Management Program of The Museum of Modern Art)も用意されており、作成段階から記録の把握に努めていることがわかる。

これらはアーカイブズ学の基本理念を反映した体制である。つまり、アート・アーカイブズやミュージアム・アーカイブズの活動は、収集主体の存在を考慮すれば、作家等の資料を対象とする「収集アーカイブズcollecting archives」(※9)に留まらない。MoMAも例外ではなく、「組織内アーカイブズinstitutional archives」(※10)としての活動が、歴代ディレクターのアーカイブズやプレスリリース・アーカイブズ等に見られる独自性を生んでいる(※11)。また、「組織記録」は「手稿コレクション」の成り立ちを知る手がかりにもなる。

日本においても独立行政法人国立美術館の法人文書管理簿がウェブサイトで公開されており(※12)、「独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律」に基づき、法人文書の開示を請求できる。その請求に応じるためには組織における計画的な記録管理が必要であり、このような取り組みがアーカイブズ活動へと直結することを意識しておきたい。また、「公文書の管理に関する法律」(公文書管理法)が定める独立行政法人等の位置付けも国立美術館のアーカイブズ活動を促進する法的根拠となる。

※8Museum of Modern Art Archives.

※9Glossary of Archival and Records Terminology, Society of American Archivistsのcollecting archivesの項 を参照。

※10同前、institutional archivesの項 を参照。

※11Administrative Records and Papers. ; MoMA Press Release Archives 1929–97.

※12法人文書ファイル管理簿(独立行政法人国立美術館)


事例3:マルセル・ブロイヤー・デジタル・アーカイブ

建築家のマルセル・ブロイヤー・デジタル・アーカイブは(※13)、これこそが「デジタル・アーカイブ」であろうか。このアーカイブズはシラキュース大学図書館および提携機関が所蔵する記録群からなり、同大学図書館のウェブサイトでは、アーカイブズを群として把握するための一般的な目録も公開されている(※14)。一方、このデジタル・アーカイブではすべてのアイテムに詳細な情報が付与され、異なる所蔵機関のアイテム同士がデジタル・データ上で関係付けられている。所蔵元が異なるアイテム同士が多角的な関係を築くことは思わぬ発見を創出する可能性がある。また、手紙や手稿や図面の内容まで読める程度の画像をブラウザで閲覧できる点は、これまでは実際にアーカイブズを訪問する必要があった研究者にとって有益であろう。

2009年から2011年に制作が進められた当プロジェクトは全米人文科学基金(National Endowment for the Humanities, NEH)の助成を受けており、その額は350,000ドルにのぼる(※15)。他機関にまたがる一人の作家の資料を徹底的に記述したことが誰に対してどのような成果を上げうるのかは、これから冷静に検証する必要がある。

シラキュース大学図書館「マルセル・ブロイヤー・デジタル・アーカイブ」トップページ

シラキュース大学図書館「マルセル・ブロイヤー・デジタル・アーカイブ」トップページ

※13Marcel Breuer Digital Archive.

※14Marcel Breuer Papers, An inventory of his papers at Syracuse University.

※15Grant number: PW-50464-09, National Endowment for the Humanities.


事例4:チャーリー・エーハン・ヒップホップ・アーカイブ

映画『ワイルド・スタイル』の監督として知られるチャーリー・エーハンのアーカイブズは(※16)、コーネル大学図書館のヒップホップ・コレクションのひとつである(※17)。「1:『ワイルド・スタイル』資料」「2:ドキュメント&手稿」「3:刊行物」「4:エフェメラ」「5:作品&ポスター」「6:写真&スライド」「7:視聴覚資料」の七つのシリーズで構成され、そのなかに含まれる、映画製作の記録、フライヤー、ポスター、美術作品、ヴィデオ、オーラル・ヒストリー、写真、スライド、レコードは、初期のヒップホップ文化と『ワイルド・スタイル』の貴重なドキュメントである。

同大学のヒップホップ・コレクションはヒップホップやグラフィティといった20世紀後半の文化を対象としており、誕生からまだ日が浅い自国の文化を早くも歴史に位置づけようとする意思を、このアーカイブズに見ることができる。そのうち1980年前後に作成されたフライヤーのデジタル・コレクションは(※18)、人目を引きやすいアーカイブズをデジタル化して一同に見せることで視覚的なインパクトを強化している。特色のあるアーカイブズを構築することで所蔵機関の独自性をアピールする手段としても、デジタル・コレクションはよく機能する。

グラフィティ関連の資料は米国国立公文書館(※19)やスミソニアン協会(※20)でも目にすることができ、アーカイブズによってこの分野を歴史の対象にしようとする動きが同時に発生している様が知れる。

コーネル大学図書館「ヒップホップ・パーティ&イヴェント・フライヤー」一覧ページ

コーネル大学図書館「ヒップホップ・パーティ&イヴェント・フライヤー」一覧ページ

※16Guide to the Charlie Ahearn Hip-hop Archive,1977-2012, Cornell University Library.

※17Hip Hop Collection, Cornell University Library.

※18Hip Hop Party and Event Flyers, Cornell University Library.

※19)米国環境保護庁が1970年代に実施した環境問題の写真ドキュメント(The Environmental Protection Agency's Program to Photographically Document Subjects of Environmental Concern, 1972 - 1977)の一部。たとえばこちら

※20)1989年にグラフィティに関する本を書いたジャック・スチュワートが収集した資料を含む個人文書。Jack Stewart papers, 1926-2010, Archives of American Art.


デジタル化の効果

以上はアーカイブズ活動の一環としてのデジタル・アーカイブであり、デジタル・アーカイブ事業が自己目的化しているわけではない。あくまでデジタル化はアーカイブズ活動を支援する役割であることが共通している。では、デジタル化によってどのような効果が生じうるのだろうか。

効果1:利用促進

アーカイブズは閲覧利用に際して、多くの場合に事前予約や請求対象の調査などが必要であり、手続きが煩雑である。なんとなく関心があり、より気軽に閲覧したい利用者へ向けたサービスがあってもよい。そのような要望には展示や出版やワークショップによって応じてきたが、デジタル・アーカイブであれば、見たいものを比較的自由に、しかも同時に多数の閲覧を可能とする。インターネットを活用すれば、より多くの利用に供することが可能となる。

2000年代中頃に建築家のジュリア・モーガン・ペーパーを整理したアーキビストのナンシー・ローは事業計画書でアイテム毎のデジタル化の優先順位を定めており、「研究価値」「フォーマット種別」「再現対象となる作家の経歴範囲」を考慮すべき事項としている(※21)。つまり、利用価値がデジタル化の優先順位を決めており、アーカイブズの目的として「利用」を重んじる姿勢を示している。また、スミソニアン協会のアメリカ美術アーカイブズは、原則的にすべてのコレクションをデジタル化して公開することにしている(※22)。ただし、モニターによる閲覧を保証する最低限のクオリティでのデジタル化であり、研究対象としての価値が低い場合、プライバシーや倫理的に問題がある場合、不適切な内容や画像の場合、著作権を侵害する場合は対象から外される。ようするに利用可能性が低い場合はあらかじめ除外しており、ここでも判断要因の中心に「利用」が置かれている。

効果2:(利用による)劣化防止

次に挙げられるのが、閲覧や展示などの利用による劣化防止である。利用は少なからず劣化を進める。そのためイエール大学図書館のエーロ・サーリネン・コレクションでは、シリーズ5「音声記録」の多くに「a:オリジナルoriginal」「b:複製原本duplicating master」「c:利用複製use copy」の三つのヴァージョンが用意されている(※23)。aとbはたいてい「利用制限restricted」と書かれているので、利用できるのはcである。いまのところ、オリジナルは16mmフィルム、複製原本はベータマックス(ヴィデオ・テープ)、利用複製はVHS(ヴィデオ・テープ)である(ただし、LPは利用複製としてCDに媒体変換している)。この記録の利用頻度がさらに高まれば、より現代的な保全処置としてデジタル化が検討されるだろう。従来は利用にともなう劣化を避けることは難しかったが、デジタル・データは利用の促進と劣化の抑制をどちらも実現する。デジタル化を経て、やがてウェブサイトで公開されることになれば、エーロ・サーリネン、フィリップ・ジョンソン、ミース・ファン・デル・ローエ、ヴァルター・グロピウス、リチャード・ノイトラらの肉声を手軽に聞けるようになる。

エーロ・サーロネン・コレクションの目録(シリーズ5の冒頭部分)

エーロ・サーロネン・コレクションの目録(シリーズ5の冒頭部分)

効果3:横断的な検索

デジタル化は個々のアーカイブズに多様な相互関係を持たせることを可能とする。同一の人名や用語に語彙統制を施せば、物理的に離れていても記録群同士が情報面で関係性を強めることができる。個別の目録では全体性の把握が難しくとも、そのことによって領域横断的な記録群の理解が可能となる。このような目録の横断性はイメージを掴み難いところがあるが、検索手段を二種類に分類すれば理解が容易だろう。すなわち、ひとつの記録群を詳細に記述する「カタログ」と複数の記録群を横断する「ガイド」である。この二つの検索手段は紙媒体から続く伝統的な区分であり、デジタル化された目録の様態はアーカイブズ学の原理を踏襲しているにすぎない(※24)。

カタログとガイドの比較。図中のa~cがカタログ、1と2がガイドを意味する 出典=安藤正人『記録史料学と現代──アーカイブズの科学をめざして』(吉川弘文館、1998)175頁

カタログとガイドの比較。図中のa~cがカタログ、1と2がガイドを意味する
出典=安藤正人『記録史料学と現代──アーカイブズの科学をめざして』(吉川弘文館、1998)175頁

※21)Nancy Loe, “National Endowment for the Humanities, Application: Arrangement and Description of the Julia Morgan Architectural Archives”, 2004.

※22Digitizing Entire Collections at the Archives of American Art.

※23Guide to the Eero Saarinen Collection MS 593, Yale University Library.

※24)例えば、ヴィクトリア&アルバート美術館のガイド(Guide to the Archive of Art and Design: Victoria and Albert Museum, Routledge, 2001)、サンフランシスコ湾岸地域を対象とした建築レコードのガイド(Architectural Records in the San Francisco Bay Area: A Guide to Research, Garland, 1988)、王立英国建築家協会のガイド(Architecture in Manuscript, 1601-1996: Guide to the British Architectural Library Manuscripts and Archives Collection, Mansell Pub., 1998)など。目録のデジタル化が進んでいる現在ではこのような紙媒体の目録は古書として比較的簡単に入手できる。


効果4:アーカイブズへの市民参加

近年の新たな動向として、アーカイブズ活動への市民参加が挙げられる。この参加の方法もデジタル化と情報通信技術の発達によって広がりを見せている。例えば米国国立公文書館は、「市民アーキビストCitizen Archivist」の名のもとに、従来の方法とは違ったかたちで利用者がアーカイブズに関わりを持てるサービスを提供している(※25)。具体的には、「Tag資料へのキーワード付与」「Transcribe資料内容の転写」「Subtitle Videos動画の字幕作成」「Upload & Share画像資料の提供」「Old Weather戦中の海上気象の記述」によって、検索対処となるタグを記録一点別に付与したり、手書き文書をテキスト・データ化したりすることで、アーカイブズの業務に参加することが可能となっている。

米国国立公文書館「市民アーキビスト」トップページ

米国国立公文書館「市民アーキビスト」トップページ

2015年の10月に福岡市で開催された国際アーカイブズ会議東アジア地域支部(East Asian Regional Branch of the International Council on Archives, EASTICA)の講演で、米国国立公文書でCIO(最高情報責任者)を務めるパメラ・ライトはこの事業を「一般市民向けのデジタルによる働きかけdigital outreach to the public」と位置づけた。続けて、「単に記録へのアクセスを提供するだけでなく、〔このような市民アーキビストの活動を通じて〕所蔵記録へのアクセスの改善に共同で取り組むようになっているwe have moved from simply providing access to the records, to encouraging the public to work with us on improving access to our records」とアーカイブズと利用者の関係が変わりつつあることを指摘している。講演の後半では「門番から庭師へFrom Gate Keepers to Gardeners」と述べて、アーキビストの職能に与える影響もほのめかしている(※26)。2014年に他界したアーキビストのテリー・クックもこの100年間のアーキビストの役割の変化を「受動的な管理人passive curator」から「コミュニティの推進役community facilitator」へと表現したが(※27)、「市民アーキビスト」事業はその考えの体現とも理解できる(※28)。

ここには、デジタル化と情報通信技術の発達が可能にした新たなアーカイブズ像の片鱗、もしくはアーカイブズと利用者の関係を考え直すきかっけが示されているように思える。あくまでささやかな試みに過ぎず改善の余地がまだ多く残されているのだが、アーカイブズの利用者が「市民アーキビスト」として主体的に記録の管理に関わることができる仕組みは、アーカイブズを「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」に位置づけている日本の文脈においても(※29)、継続して注視していく必要があるだろう。

※25Citizen Archivist Dashboard, National Archives and Records Administration.

※26)この段落前半の「」内(三箇所)は以下の講演資料からの引用。ただし〔〕内は引用者による補足。パメラ・S・ライト「デジタル時代における一般市民との協働」(Pamela Wright, “Working with the Public in the Digital Era”)。なお本稿で参照したEASTICAの資料は、公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センター企業史料プロジェクト担当の松崎裕子氏にご提供いただいた。

※27)Terry Cook, “Evidence, memory, identity, and community: four shifting archival paradigms” in Archival Science, Volume 13, 2013, pp. 95–120.

※28)本稿の冒頭で触れたジェンキンソンは、アーキビストの役割を「passive keepers」と表現した。その時代に比べてデジタル時代のアーキビスト像は多様性を帯びていることを、ライト(From Gate Keepers to Gardeners)やクック(passive curator)の指摘から知ることができる。

※29)公文書管理法第一条。


アーカイブズ学から見る「デジタル・アーカイブ」の様相

以上、デジタル・データ化と情報通信の技術を活用したアーカイブズの活動を紹介した。ここにはアーカイブズ学が古くから積み上げてきた見識が注がれており、どれも基本理念においてデジタル化が進む以前のアーカイブズ活動と根本的には変わらない。ただし、デジタル化がアーカイブズ機能の強化や発展に資する可能性はあるし、アーカイブズ機関からの情報発信の規模や速度には明らかに変容をもたらしている。

このような試みは今後いっそう展開すると思われるが、電子記録の長期保存、真正性の確保、機密情報の取り扱い等、新たな課題も同時に生じている。また、前述のEASTICAにて英国国立公文書館でデジタル部門のディレクターを務めるメアリー・グレッドヒルが「完全にデジタルな所蔵記録を保存し、アクセスを提供する上で、地域の(認定)〈保管施設〉の役割は何なのでしょうかwhat is the role of local ‘Places of Deposit’ in providing storage for, and access to, entirely digital collections of records?」と述べるように(※30)、デジタル化によりアーカイブズの情報へのアクセスが容易になると、それだけ「保管施設Places of Deposit」の地理的意義について考える必要性が高まる。それは、あるアーカイブズをなぜ国内に留める必要があるのかというグローバルな問いであり(「資料の海外流出」に対する議論)、日本各地のアーカイブズ活動はどのような根拠によって持続可能かというローカルな問いでもある(「地域に縁のある資料」をその土地で維持していくことの是非)。

本稿では「デジタル・アーカイブ」とアーカイブズ学の接点を探ったが、冒頭で紹介したそのほかの用法の「アーカイブ」に対しても、アーカイブズ学の見識を応用しながら相互理解を深めていきたい。幸いなことに、アーカイブズ学はその議論の結節点として機能しうるほどの柔軟さと懐の深さを有している。またそのための言葉も用意されている。

※30)前掲のEASTICA資料内、メアリー・グレッドヒル「イギリス国立公文書館におけるボーンデジタル記録管理の課題」(Mary Gledhill, “The Challenge of Born-Digital Records Management at The UK National Archives”)。


アーカイブズのデジタル化がめざすもの





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