25, Oct 2016

映画監督 柴田剛の選ぶ映画/映像作品9選 2014-2015 第3回(全3回)
~ザ・フィルムズ・オブ・アザーサイド~

『映画監督 柴田剛の選ぶ映画/映像作品9選 2014-2015』は『おそいひと』『堀川中立売』などで、国内外の賞を受賞してきた映画監督 柴田剛氏に、2014-2015年初見した映画/映像作品の中から、「心が揺さぶられ、アグレッシブに感じた」9作品を、コメント付きで紹介していただく企画記事。全3回合わせて、劇映画、ドキュメンタリー、パフォーマンスなど、幅広いラインアップとなっている。第3回となる今回は、2014年秋に開催されたヴィジュアル×サウンドイベント《MOVING Live 0》における、映像作家 山城大督氏、宮永亮氏のパフォーマンス及び、彼らの映像表現を紹介する。"映画/映像への愛"と"的確な分析"が混在する文章からは同氏の映画/映像観も伺える。

文:柴田剛(映画監督)

柴田剛による作品選定についてのコメント

今回この原稿を書くにあたって、いちばん大事にしている視点は、「立体的に切り取れる映像について語る」ということ。言い換えると、あらゆる動作行為を大きく広げ、自他垣根なく感じ、とらえることができているかどうかということだ。

映像や映画と写真を例に説明してみる。現実の知覚通りに3次元で行われていることを、撮影&編集を通じて平面(2次元)の光の映像(動画)にしたためることは立体的といえる。というのも、映画/映像制作のこういう特性に、「自分と社会と宇宙をつなげて感じること」をいつも意識させられるからだ。

映画/映像を制作するとき、鑑賞するとき、まるで自分がマトリョーシカにでもなった気分になる。内も外もある世界を、箱庭づくり、或いはアニメーション化する感覚で映像に置き換えてみることは、「自分が存在して生きていること」と同じように立体的といえる。では瞬間をとらえる写真はどうかというと「平面的だなぁ」と思う。日常空間を切り取った一瞬の写真を連続させて動かしたものが映像であり、だからこそ立体的に成り得る。

余談だが、最近とある宮司さんから「おばけを写すなら連写機能で撮るといい。そのうち1枚になにか写るときがあるでしょう。でも、あんまやってはならんですよ。連写機能はおすすめしません。」という怖いはなしを聞いた。立体的な行為をしてるのだと意識して映画/映像制作や鑑賞をすると非常におもしろい。


柴田剛 SHIBATA Go
柴田剛 SHIBATA Go

1975年生まれ。映画監督。代表作『おそいひと』『堀川中立売』では国内外の賞を受賞。MVや映像作品も発表している。平成22年度愛知芸術文化センター・オリジナル映像作品の制作作家に選出され『ギ・あいうえお ス ―ずばぬけたかえうた―』を制作。
TOY FILM PROJECT( 玩具映画及び映画復元プロジェクト )に参加。
主な受賞・出品に2005年 ハワイ国際映画祭 Dream Digital Award 受賞、第5回東京フィルメックス コンペティション 部門出品、2009年 ドイツ・フランクフルト日本映画祭(NIPPON CONNECTION 2011) NIPPON VISIONS AWARD(最優秀賞)受賞、第10回東京フィルメックス コンペティション部門出品などがある。

映画監督 柴田剛 公式サイト
http://www.shibatago.com/


1. 《MOVING Live 0》 山城大督+swimm
ライブパフォーマンスに視る山城大督の映像表現
-空間を撹拌する感覚と天使の視点

初めて触れた山城大督作品は蓮沼執太氏の曲『Hello Everything』のMV。いいなあ、って感じた。都庁の横っツラを昇ってゆく風船をティルト(※1)動画撮影した名カットが心地良すぎるので皆さんもYouTubeで見たらいい。

蓮沼執太『Hello Everything』(2012) Music by 蓮沼執太 Directed by 山城大督

都庁をモノサシのようにして、ヘリウム風船がぐぐぐーっと天に昇っていく。パソコン画面で再生しながらその動画に見とれていた時、自身は映像編集の仕事の、いわゆる現実逃避中だった。きっかけはTwitterから流れてきた批評家佐々木敦氏の風の知らせのような紹介。俺は高校生の時、佐々木氏の紹介する音楽をめちゃ聴いてたので、直感で良さ気なMVだとわかった。それからそのMVがずっと気になってたところ、2014年秋にライブイベント《MOVING Live 0》(※2)で山城氏との対バンが決定した。

対バンが決定した時点では『Hello Everything』の彼であるとは気付いていなかったが、以前から彼の表現態度について方々から間接的に教えてもらっていた。「どんなことする人なの?」「…例えば、この人は撮影しないで映像する行為を続けているんだ」「どゆこと?」「物を空間に置いて映像体験することを進めているんだ」「まじか!」この通りである。自身は超感覚っていうのは大好物だ。ちなみに自身がかねてから宇川直宏氏の表現に影響を受けつつ映画活動を続けることで進化してきているのは周知のとおり。視る感覚を立体化して、観客に届ける工夫をしている人物をまたしても見つけたという印象だ。なので今回第三回目(※3)の原稿にふさわしいと感じて書いている。

2014年9月6日に開催された《MOVING Live 0》の京都公演は元々花街だったエリアに建つ旧歌舞練場の五條會舘が会場だった。ライブは昼の15時にスタート。その日は木造建築の屋根に豪雨が叩きつけるように降っていて、さらに山城氏のインスタレーションライブの演出のため、会場の木窓という木窓を閉めきっていたため満杯の会場が蒸し暑すぎてやばかった!

山城氏はswimm(※4)という京都のバンドとのコラボレーションだった。始め何もなかったステージに、山城氏の手によってオブジェなどが置かれていく。その中の1つであるネオンのNatural Lightが発光していたので、自身はずっとそれとにらめっこをしつつバンドを観ていた。

《MOVING Live 0》 京都公演 山城大督+swimm 演奏風景

《MOVING Live 0》 京都公演 山城大督+swimm 演奏風景 ステージ上にネオンを置く山城氏。
photo by INOUE Yoshikazu

《MOVING Live 0》 京都公演 山城大督+swimm 演奏風景

《MOVING Live 0》 京都公演 山城大督+swimm 演奏風景
photo by INOUE Yoshikazu

演奏が中盤に差し掛かると、山城氏はダダっと足早に動き出し、歌舞練場の全ての木窓を大きく開放した。会場に風が入り、大雨の降る音がサーっと聴こえ、外の明るさが入り込んできた。それと同時に観客がホッとする様子を感じていた。「なるほどね」現場の今のシチュエーションを瞬発的に拾って、空間自体を映像シーンのひとつにして観客を佇ませる活動をしているのだ。立体存在が空間に設置されることで起きてくる、なんとなくせりあがってくる映像感覚。

《MOVING Live 0》 京都公演 山城大督+swimm 演奏風景
《MOVING Live 0》 京都公演 山城大督+swimm 演奏風景

《MOVING Live 0》 京都公演 山城大督 + swimm 演奏風景 演奏中盤に差し掛かかり、全ての木窓、襖を開ける山城氏。
photo by INOUE Yoshikazu

山城氏は空間を撹拌したいのではないだろうか?それによって空間がいきなり映像体験空間、撮影をしていて楽しい空間、劇場空間になっていくことが狙いなのではないかな。その空間・状況を山城氏本人も楽しみながら世界と繋がっているように見える。

『Hello Everything』では都庁や新宿の街並みなど、日常空間を観察して風船を使って演出し、高層ビル群や、それらの間の空がささやかな劇場空間に化けていた。一方、五條會舘では、大雨の蒸し暑かった劇場空間が、木窓を開放し風が抜けて涼しくなったことで、「日常の空間に戻ってきた」と感じた。この変化は涼しくなったという体感から来るものだった。このような日常空間を観察して演出し、いつのまにかささやかな劇場空間に化けさせたり、劇場空間と日常空間を行き来させるような手付きは、山城氏の真骨頂だ。

2016年5月29日、AMeeTの編集者でMOVINGのディレクターでもある中本真生氏の計らいで、東京駅で山城大督氏と会い、彼に直接話しを聞くチャンスにめぐまれたので、インスタレーションライブの話を聞いた。 その答え合わせをしたら大体合っていた。

2014年10月19 日に開催された、《MOVING Live 0》柏公演の会場、キネマ旬報シアターでのインスタレーションライブにもこの試みは引き継がれていたが、演出の内容は大きく変わっていた。『そうきたか。前回の京都公演と全然違う笑』そう思ったのは、自身が映画映像に定めて活動しているからだろう。そういえばそうなのだ、五條會舘は木造の旧歌舞練場で窓があったが、一方、柏のキネマ旬報シアターは映画館なので四方は壁と鉄の扉で囲まれている。山城氏はインスタレーションの作家なので風通しがあるところと密閉空間で表現を変えるのは当たり前。方針をあっさり180度変えて進めていく感覚に、先ほど述べた“空間を撹拌したい”氏をキャッチすることができた。

《MOVING Live 0》  柏公演 山城大督+swimm 演奏風景
《MOVING Live 0》 柏公演 山城大督+swimm 演奏風景

《MOVING Live 0》 柏公演 山城大督 + swimm 演奏風景
Photo by 池上賢太郎

柏公演での最後の曲『エーテルラジオ』で画面に映し出されたのは、山城氏と、遠い場所にいる山城氏の家族や親しい人たちとのFaceTime(※5)の通話画面。そこに繰り広げられていたのは、各地に生活している人々と接続しようとする氏の姿や、日常親しい人たちに向けた優しみのある観察や、そこに映る人々の喜び。一緒に演奏している音楽も相まって、場内が満たされているのを目撃した。

《MOVING Live 0》  柏公演 山城大督+swimm 演奏風景
《MOVING Live 0》 柏公演 山城大督+swimm 演奏風景

《MOVING Live 0》 柏公演 山城大督+swimm 演奏風景
スクリーンには、山城氏と、遠い場所にいる山城氏の家族や親しい人たちとのFaceTimeの通話画面が映し出されている。
Photo by 池上賢太郎

映画を鑑賞している気分になった。そこに生命讃歌という、映画行為や映画活動が持っているモチベーションとの親和性を強く感じたから。場内の空間に心が揺さぶられ、目から水が出たのは自身の歳のせいだろうか。個人的にも好きなヴィム・ヴェンダースの映画『夢の涯てまでも』のラストシーンと重なるところがあった。キネマ旬報シアターが宇宙空間に漂う人間製の船へと、目の前で変化した。

押しつけることなく涙腺を緩ます効能がある山城氏の映像表現は意図的なのか、手癖によるものなのかはわからない。だがきっと、世界の観察者としての山城氏の視点が表れているのだろう。ヴェンダース映画をまた引き合いに出すが、世界の観察者としての山城氏の視点は、『ベルリン・天使の詩』の“天使”の視点に近い。この視点は『Hello Everything』の原型となった、隅田川で船に乗り、両対岸にスタンバイしている人々にタイミングよく風船を飛ばしてもらう川下りの作品『Time flow in the Stereo river』などからも見出すことができる。

山城大督 映像作品『Time flow in the stereo river.』 2010

人間にそばで寄り添う“天使”の視点。天使といっても容姿は赤ちゃんのそれではなく成人の人間にほど近い。そんな“天使”が人間を寛容に見守っている視点。

山城氏はシンプルに活動している。垣根を超えちゃったところで映像や舞台装置やインスタレーションを楽しんでいる。空間を撹拌する感覚と、世界の観察者としての視点を持ち合わせているからこそ、静かな感動という当たり前のやさしい波動を感じるのだ。

※1)カメラを固定したまま、レンズの方向を上下に振ること。

※2)2014年秋に、映像芸術祭“MOVING 2015”のプレイベントとして京都と柏で開催された、映像作家とミュージシャンによるライブ・パフォーマンス・プログラム。京都公演は旧歌舞練場の五條會舘、柏公演は映画館のキネマ旬報シアターで行われた。出演は柴田剛+池永正二[あらかじめ決められた恋人たちへ]、宮永亮+志人、山城大督+swimm、浦崎力 +てあしくちびる。
http://movingkyoto.jp/archive/#sec02

※3)『映画監督 柴田剛の選ぶ映画/映像作品9選 2014-2015』過去の2記事は以下参照。
第1回 ジ・オルタナティブ・フィルムズ http://www.ameet.jp/digital-imaging/456/
第2回 スターマンズ・ビジョン http://www.ameet.jp/digital-imaging/51/

※4)吹岡弘彬(Vo, Gt)、中川裕貴(Cello)、大澤慧(Keyboard)の3人によるユニット(2014年当時は4人編成)。2006年京都にて結成。主なリリースに『頭の中では次の駅をきめている』(2nd mini Album、2013、自主製作)がある。
http://swimm.info/

※5)iPhone同士でビデオ通話が出来るアプリ。

《MOVING Live 0》イベント情報

出  演: 柴田剛 + 池永正二[あらかじめ決められた恋人たちへ]、宮永亮 + 志人
山城大督 + swimm、浦崎力 + てあしくちびる ※ミュージシャンとして参加。
日  時: 京都公演:2014年9月6日(土) 14:30open 15:00start
柏公演:2014年10月19日(日) 18:00open 18:30start
会  場: 京都公演:五條會舘(京都市下京区西高瀬川筋五条下る平居町61)
柏公演:キネマ旬報シアター(千葉県柏市末広町1-1)
主  催: MOVING 実行委員会
URL: http://movingkyoto.jp/archive/#sec02
京都公演レポート: 財団助成イベント「MOVING Live 0 in Kyoto(京都公演)」レヴュー
http://www.ameet.jp/digital-imaging/470/

2. 《MOVING Live 0》 宮永亮+志人
ライブパフォーマンスに視る宮永亮の映像表現
-風景重ねが作り出す多次元空間

2014年秋に《MOVING Live 0》(※1)で、映像作家 宮永亮氏とミュージシャン 志人氏のセッションを観た。宮永氏は映像インスタレーション作家でミュージックビデオも作りVJもする。彼の映像は実写で撮影した風景をレイヤーで重ねる“風景重ね”を特徴としており、インスタレーションでもミュージックビデオでもVJでもそのスタイルを貫いている。志人氏は日本人の心を謳い讃えるポエトリー・リーディングのラッパーで、自身は昔“降神”というユニットでのライブを観たことがあったが、ソロでのライブはこれが初見だった。宮永氏の“風景重ね”の映像空間がステージに現れ、そこに立つ志人氏がゆっくりと観客に語りかけるようにライブは始まった。次第に情熱的になってゆく言霊の数々によって、ライブ会場の空間が熱に包まれていく圧力を感じた。“風景重ね”の映像の登場人物が志人氏なんだと視えた。この2人のマッチングは見事だ。

《MOVING Live 0》 京都公演 宮永亮+志人 演奏風景
《MOVING Live 0》 京都公演 宮永亮+志人 演奏風景
《MOVING Live 0》 京都公演 宮永亮+志人 演奏風景
《MOVING Live 0》 京都公演 宮永亮+志人 演奏風景

《MOVING Live 0》 京都公演 宮永亮+志人 演奏風景
photo by INOUE Yoshikazu

このセッションを観てから、宮永氏が撮影編集時に何を感じて、続けてきているのかがずっと気になっていた。彼が撮って編集している被写体風景のほとんどは日本で撮影したものだろう。日本はとても奥深い国だ。一度奥行きの片鱗に触れると、どんどんこの国の景色の奥行きを深く遠く感じることになる。宮永氏はそこと接続しようとして映像を作っているのではないのか?これらをジッと観ている感覚は、河原でボーッとしている時によくあるトランス感、それに近い。

宮永氏が重ねに重ねた風景映像の切り替わる間に現れる“どこにもないがこの画面の中に表現できた景色”の先に、場面展開を構成してゆくその先に、自身はこの日本という国が持っている分厚い次元感覚を見出した。意識しているのか直感なのかは分からないところだが、絶妙な間合いで捉えようとし続けているように感じる。 “風景重ね”映像を続けている宮永氏の、シンプルにものを捉えてそれを作風にしてゆくという態度は、作者の決意ととれる。

オーバーラップの最中に垣間見える多次元空間は、まぎれもなく宮永亮が視た多次元空間たちだ。二つの風景を重ねることで、ある瞬間は一つの風景をもう一つの風景の輪郭が切り取る。風景に切り取られる風景。それによって時に、何もない空間さえ力を持つ。また別の瞬間には、一つの風景の中のパーツが、もう一つの風景の画面構成にぴったりハマる。それによって現実にはあり得ない風景が現れたり、空間のラインが浮き立つことで心地良さが生まれる。さらにまるごと逆さま、反転して見せちゃうような凄みの工夫もあり、自身はそこに目の錯覚を活かしたエッシャーの絵やだまし画の『ルビンの壺』に初めて出会った小さい頃の衝撃を感じた。目に見えるものがすべてじゃないし、見えてしまったらチョットやっかいなことになりそうな、そんな多次元世界と現実(と捉えている現状の)世界とが薄皮一枚でピッタリくっついているおっかなさ。この世と別の世の出入り口。

宮永亮 映像作品『WAVY』(抜粋) 2014

宮永亮 映像作品『KIWA』(抜粋) 2013

そして宮永氏が作り出すその次元感覚と、志人氏が生み出す言霊が合わさった先に、自身はアニミズム信仰を見出した。アニマ(霊魂)がすべてに宿るという、日本人に古来から備わっているアニミズム信仰が特に強い人間。そんな2人のセッションなのではないかと。

ここで自身が経験したある出来事を記す。自身は先日京都で、とある老齢の詩人であり活動家である某氏と出会った。そこで某氏からこんなことを教わった。「終戦後にGHQが日本に入りこみ、日本人特有のアニミズムを日本人から引き離そうとした」。そのとき自身は、某氏と日本に古くから伝わる “あわのうた”を一緒に音読した。この唄は、その昔日本に混乱が起きた時、天から現れた者が地上の民に広めたのだという。それによって言霊とともに安らかな世へ…ちょっとはマシな世の中に向かっていったという逸話がある唄、詩。自然、草木と会話できた万葉集の時代の日本人の感覚を二人はつねに持ちあわせていて、志人氏はそれを音と言葉で、宮永氏はそれを映像で発揮していると感じる。日本の自然景色と会話し続けることができてるんだろうな。シンプルゆえに凄みがある。

宮永氏は未だ視えていない“もうひとつの世界”に“風景重ね”で接続しようと、映像画面にワープトンネルを仕掛けているように感じる。志人の唄も相まった《MOVING Live 0》ではそれを強く意識した。今世と別世界はどちらが心地良いのだろう、いままで知ってたつもりの世界がグルンとウラ返る瞬間、そこに接続してしまうかもしれない。そういう世界のことをまんま2人は表現していた。彼岸をまたぐ精霊のカニ。それが彼らなのか視ているコチラ側なのかが判然としない感覚で、会場の熱圧の中、宮永氏の“風景重ね”と志人氏の唄を視ていていた。皮膚で視る生命讃歌だった。

※1)2014年秋に、映像芸術祭“MOVING 2015”のプレイベントとして京都と柏で開催された、映像作家とミュージシャンによるライブ・パフォーマンス・プログラム。京都公演は旧歌舞練場の五條會舘、柏公演は映画館のキネマ旬報シアターで行われた。出演は柴田剛+池永正二[あらかじめ決められた恋人たちへ]、宮永亮+志人、山城大督+swimm、浦崎力 +てあしくちびる。
http://movingkyoto.jp/archive/#sec02

《MOVING Live 0》イベント情報

出  演: 柴田剛 + 池永正二[あらかじめ決められた恋人たちへ]、宮永亮 + 志人
山城大督 + swimm、浦崎力 + てあしくちびる ※ミュージシャンとして参加。
日  時: 京都公演:2014年9月6日(土) 14:30open 15:00start
柏公演:2014年10月19日(日) 18:00open 18:30start
会  場: 京都公演:五條會舘(京都市下京区西高瀬川筋五条下る平居町61)
柏公演:キネマ旬報シアター(千葉県柏市末広町1-1)
主  催: MOVING 実行委員会
URL: http://movingkyoto.jp/archive/#sec02
京都公演レポート: 財団助成イベント「MOVING Live 0 in Kyoto(京都公演)」レヴュー
http://www.ameet.jp/digital-imaging/470/

映画監督 柴田剛の選ぶ映画/映像作品9選 2014-2015 第3回(全3回)
~ザ・フィルムズ・オブ・アザーサイド~

Category: Digital Imaging





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