30, Nov 2011
現在アメリカの電子書籍市場で、Amazonの「Kindle」(写真)は、圧倒的トップシェアとなっている。AmazonがKindleの正確な出荷量を名言しないため、そのシェアもはっきりとは分からない。しかし、複数の家電メーカーおよび出版社のコメントから類推すると、市場占有率は6割近いと考えられる。その他の4割に、バーンズ&ノーブル、アップル、ソニー、Koboなどのそれなりに有力な企業が存在することも思えば、Kindleの人気はまさに「圧倒的」だ。
Kindleが人気である理由は2つある。まずはそもそも、書籍市場におけるAmazonの地位がきわめて強固である、ということだ。国土の広さから店舗までの距離が長く、通販が強いアメリカにおいて、Amazonの重要度は日本のそれ以上に高い。またその上で、電子書籍を買いやすく、使いやすくする仕組みを整えたことも、Kindle成功に拍車をかけた。
Amazon上で書籍(別に電子である必要はない)を探して買おうとすると、購入ボタンの近くには「Kindleで買う」というボタンも用意されている。これをクリックすると、本が宅配される代わりに「電子版」がKindleの中に自動ダウンロードされるようになっている。そうして購入した書籍は、Amazon自身が販売する電子書籍端末の他、パソコン・スマートフォン・iPadなどでも読める。簡単に買える上に、とりあえずAmazonで買っておけば多くの機器で読める、という安心感があることが、他のプラットフォームにつけいる隙を与えない人気を生み出しているのだ。

AmazonのKindle。写真は最新モデル「Kindle Touch」。米国では広告入りで99ドルで売られている。

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。
得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、アエラ、週刊朝日、週刊現代、週刊東洋経済、月刊宝島、ベストギア、DIME、日経トレンディ、 PCfan、YOMIURI PC、AV Watch、ASCIIi.jp、マイコミジャーナルなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
西田 宗千佳のPostscript
http://mnishi.cocolog-nifty.com/
そんなAmazonも、日本ではまだ電子書籍のビジネスができていない。日本では、2010年末以降、ソニーやシャープといった企業が電子書籍ビジネスを展開中である。そもそも日本ではそれ以前に、携帯電話向けにコミックを中心とした電子書籍ビジネスがそれなりの市場規模をもって成立しており、単純にビジネスの金額規模だけをいえば、アメリカよりも多い650億円(2010年度、インプレスR&D調べ)となっている。
ただし、携帯電話向けの電子書籍市場は、電話機がスマートフォンへ移行していくにつれて減少傾向にある。携帯でのみ読める、性的な内容のコミックを中心とした市場であり、書店で販売される書籍ほど一般性のあるものではなかったこと、携帯電話向け電子書籍そのものがスマートフォンに対応しきれていないことがその理由だ。
他方、Kindleにひきずられ、iPadの登場に刺激を受ける形で、日本の出版社と家電メーカーは、より本格的な、「書店で売られるものと同じような書籍」をベースとした電子書籍の市場を構築しようとしてきた。そもそも日本国内の企業は、1990年代より何度も電子書籍ビジネスに挑戦しつづけており、2004年には、Kindleにかなり近い端末を開発し、ビジネス展開を模索していた。ただし、出版社・著者から権利を得て「電子書籍化」し、大量の電子書籍を用意することに失敗した結果、Amazonに先行を許す結果となった。
2009年から今年にかけて、Kindleの成功と「いつかくるAmazonの日本上陸」を意識した各メーカーは、いずれくるスマートフォンやタブレット端末の普及を見越して、本格的な電子書籍サービスの立ち上げを急いだ。現在はそういったサービスが群雄割拠し、競争を繰り広げている、という状況である。
だが残念ながら、日本の電子書籍ビジネスは、Kindleほどはっきりした成功を描けていない。まだ電子書籍のラインナップが数万冊レベルであり、アメリカに比べて10分の1以上少ないためだ。
「アメリカに比べ日本はダメだ。サービスばかり乱立し、書籍の発売には権利を墨守するあまり二の足を踏んでいる」
そう言われることも多いが、これは正しい認識ではない。サービスの数だけを言えば、日本とアメリカで大きな差はなく、Amazonのような「明確に強いサービス」がないだけ、といった方が良い。電子書籍がなかなか出てこないのも、出版社が「電子書籍を出したくない」からというより、日本の出版界における商慣習では、アメリカほど素早く電子書籍を出せない、というのが実情なのである。
アメリカと日本では、出版の権利処理に関する考え方がまったく異なる。アメリカでは、出版契約を交わす際に「電子化まで含めたトータルでの権利」を出版社側が取得する場合がほとんどであるため、出版社側とさえ交渉が終われば、いっきに大量の電子書籍化権が手に入る。他方で日本では、出版契約を交わすことすら「便宜上のもの」であり、その際にも、紙版のことしか想定していないことが多かった。電子書籍版を出すには、出版社と著者(単著でない場合には、当然複数と)の両方に許諾を得る必要がある。そのため、権利処理に必要な事務手続きの量は数倍にもふくれあがり、その分スピード感も失われる。
それでも、電子書籍の市場がすでに巨大なものであり、紙の本と同じように売れると保証されているなら、出版社側も、そういった面倒な手続きにコストをかけようと積極的になるだろう。だが、電子書籍市場はまだまだ小さい。紙の本なら誰でも読めるが、電子書籍は機器がないと読めないからだ。アメリカでは、低廉な権利処理に助けられ、まだ市場が小さなうちにビジネスが転がりはじめたものの、日本では権利処理の重さと市場の小ささがマイナスに働き、市場の形成そのもののスピード感を削ぐ結果となっていたのである。
日本国内におけるAmazonにとっても、他社と条件面で大きな差があるわけではない。アメリカにおいて評価の高い「Kindleというシステム」があること、日本でも書籍販売におけるAmazonのシェアが高まっており、特に技術書やライトノベル、コミックなどでは、Amazon抜きにビジネスを考えるのが難しくなっていることなどから、「日本でも電子書籍ビジネスをします」と言われれば、出版社としては興味をそそられないはずがない。

他方で「物流」を持たない電子書籍では、販売時のプラットフォーム利用料やデータ化料などをどのくらいと見積もるかによって、1冊の書籍から得られる利益は大きく変わる。また特に日本の場合、紙の書籍は「再販指定商品」になっているため、どの書店も出版社側のつけた価格に従わねばならないが、電子書籍は再販指定商品にはならないので、紙の書籍と同じ価格である必要はない。
電子書籍の価格は自由に設定できる。いくらで売って、出版社や著者はいくら儲けるのか。それが大きな争点となる。
Amazonはアメリカにて、電子書籍を紙の書籍に比べ大幅に安く設定することで成功した。例えば、30ドルで売り出されたハードカバーの電子版が10ドル、ということも珍しくない。そのため「日本でも電子書籍は紙の3分の1の価格になる」と言う人もいるが、さすがにそれは間違っている。アメリカは再販制度がないため、そもそも「30ドル」という値札の意味が違う。あくまで発売直後の「もっとも価値が高い時期」の価格が30ドルという意味で、実際の販売価格はもっと安い。3割、4割引かれるのもあたりまえだ。だから、電子版と紙の価格差は3割から5割、というところが実際だろう。日本の場合には、再販制度の影響で本の値段が全般的に安く設定されているため、電子版と紙版の価格差はそこまで大きくならないと予想されている。
しかし、ここが問題だ。
Amazonは、電子書籍をたくさん売るために、電子書籍の価格を安くしたい。正確にいえば「自分で売値を決めたい」と考えている。だが出版社側は、本の価格が電子版に押されて下がっていくのを避けたいので、電子版の価格も自らが主導権を持ちたいと思っている。日本でAmazonと出版社の交渉が長引いている本質は、この点にある。
実はこの問題、アメリカでも存在した。Amazonは電子書籍をどんどん低価格販売していたが、出版社はそれを快く思っていなかった。そのため、アップルやソニー、バーンズ&ノーブルと交渉する際には、出版社側が定めた販売価格の中から一定の割合(30%から40%)を手数料として得る「エージェント制」を導入した。このようなアメリカでの先行例を見ていた日本の出版社が、Amazonを警戒するのも無理からぬところがある。
これは、どちらが正しいという話ではない。それぞれにはそれぞれの「ビジネス上の正義」がある、というだけの話だ。Amazonとしてもあまりに交渉が長引くのも問題であるので、それなりの時期に、それなりのレベルで妥結することになるだろう。その日はおそらく、何年も先という話にはなるまい。
これら難点の多くは、出版社が、著者とAmazonなどの電子書籍プラットフォームの間に入るがゆえのことである。もし、著者が自らの責任で編集し、電子書籍用のデータを作り、電子書籍プラットフォームへ直接卸すことができれば、電子書籍化はよりスムーズに行えるようになる。また、中間に出版社が入らない分だけ、著者の取り分が増える可能性は高い。
そのため「今後は出版社を中抜きする著者が増える」と予想する向きも多い。その可能性は、私も否定しない。
だが、著者だけの力で広告宣伝や企画まで、すべてを行うには、コストと労力がそれなりにかかる。なにもしてくれない出版社と組む必要はないだろうが、そういった「執筆以外の部分」を助けてくれるのが、本来出版社のもっている機能でもある。きちんとそういった部分で助けとなってくれる出版社であれば、組むことの価値はある。
「本を出すなら出版社と組む」ということ、「本は常に同じ価格で売られる」ということは、これまで出版界の常識だった。だが電子書籍では、これらの常識が通用しない。常識の枠から出て、新しいビジネスの姿を模索できることこそが、Amazonを含む電子書籍ビジネスが日本で活性化することの、もっとも大きな価値なのである。

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Category: Digital Imaging