29, Aug 2017

ドイツの芸術祭探訪

訪問先:

ドクメンタ14
http://www.documenta14.de/de/

ミュンスター彫刻プロジェクト2017
https://www.skulptur-projekte.de/#/De/Projects/2017

撮 影: 筆者

今回は、7月に訪れたドイツでの大規模芸術祭ふたつについて記してみたい。いずれも大学都市といわれる、カッセル市での<ドクメンタ14>、ミュンスター市での<彫刻プロジェクト2017>。ドクメンタは5年に1度、彫刻プロジェクトは10年に1度の開催で、今年は2年に1度のベニス・ビエンナーレもあり、世界屈指の芸術祭が重なる特別な年。ドイツへ行くにあたり、昨年の京都版画トリエンナーレPat in Kyotoの出展者のひとり:上野友幸氏が1年間滞在制作するベルリンのアーティスト・イン・レジデンス<キュンストラーハウス・ベタニエン>を訪問する約束もあったので、ベニス行きは2年後に再計画するとして、ドイツ国内のみ、ベルリンからカッセル、ミュンスターへと西向きに旅をした。

3度目のドイツだったが、ベルリン訪問によって、戦後や、東西ドイツ統一(再統一)以降のドイツの課題に触れることができたように思う。8年間ドイツに滞在している上野氏のアーティストとしての目、通訳・翻訳家として活躍され、やはり8年間ベルリン在住の山下秋子さんに各所を案内していただき、日本と大きく異なるドイツの位置付けに少し実感を伴うようになった。もとより、戦後が現在に直接つながる問題と捉えるところに、ドイツの現代美術があると痛感する。ふたつの芸術祭に赴くなら、やはり近現代のドイツを知っておく必要があると思った。

<ドクメンタ14>では、すでに種々の媒体でリポートされているように、初めてアテネ(4月8日〜7月16日)とカッセル(6月10日〜9月17日)で開催され、テーマは「アテネに学ぶ」。アテネを訪れなかったので、テーマと、アテネの社会的状況やドイツとの相互関係を深く理解できないのが歯がゆいが、これまでのドクメンタと同様、おおむね世界のさまざまな社会問題に言及した作品群で、これこそ現代美術といった印象だ。日記や私小説のような作品にこだわっている日本の美大生や若い作家には、芸術が<個>と<社会>をつないでいる実態、実情として、非常に勉強になると思う。ドクメンタ14の目玉ともいうべき<本のパルテノン神殿>は、かつてナチスによる焚書が行われた広場に展示されている。膨大な数の発禁本でつくられたそれは、もっとも人が交差する屋外にあるが、そのほかは、ドクメンタでは、会場がほぼ屋内空間に限られている。既存の美術館や大学構内の施設、休眠施設、ドクメンタが持つ展示館などであり、グリム美術館なら書物に関する現代美術、埋葬博物館では、死に関する作品というように、会場と内容をリンクさせている。全体的に、作品は、少数民族、近現代の歴史、環境破壊、人権、革命や紛争とその影響などの問題意識を喚起する。ドイツ語と英語の長い説明文はもとより、そもそも複雑な内容なので、作品ひとつひとつの画像を見返し、印象を思い起こしながら、深い理解にはまだこれから時間がかかりそうだ。個々の作品はもちろんだが、膨大な数の作品は塊となって迫ってくる。世界のローカルな問題や大小の事件や思想を提示し、人々の思考を促すという意味こそ、芸術祭が国際的であるべきなのだと強く思った。その最も顕著な例であるドクメンタ14、そこに日本拠点の作家が含まれないのは、複雑な気持ちだ。いっぽうで、美術作品には視覚的、直感的に共感や理解を呼び起こす力がある。直接対面できたことを幸福に思う、高度な技術や美しい作品にも出会えた。

野外展示を中心とするミュンスターの彫刻プロジェクトでは、町の中心部から離れた場所での展示も多かった。旧市街は、現在京都で開催されている「東アジア文化都市 アジア回廊 現代美術展」の会場<二条城>よりも小さかった印象だ。旧市街の旧跡では、作品が恒久的に保存されているところもある。たとえば、1987年と1997年に発表されたレベッカ・ホーンの作品が、彫刻プロジェクトの時期だけ開放されている。この場所は、かつてさまざまな権力者が反抗者を閉じ込めてきた牢獄である。負の遺産への注視、凝視は、とくに、ドイツの芸術家の自明の態度という気がする。その他の会場、湖の周囲、空港への国道沿いの廃墟などを目指し、多くの観客はレンタサイクルで忙しく街を行き交う。自転車の群れに混じって、そぞろ歩く老人や家族連れもある。いつまでも日が落ちない短い夏の散策にちょうどよいのだろう。花火大会、野外コンサート、夜のアンティーク市場などと並んで、重要な観光資源でもある。また、冬の日照不足を補うように人々は日光浴やピクニックに余念がなく、街の収入と市民の健康促進を兼ねているようだった。 彫刻プロジェクト2017に特定のテーマはないが、発足以来の趣旨である<芸術と公共性>について、そのときどきの現代社会の課題が反映されている。芸術家が現地に滞在してつくりあげるというプロジェクトも、時代の移り変わりとともに、少しずつ形態を広げ、パフォーマンス作品や映像作品も多い。

なお、前述のレベッカ・ホーンを始め、町じゅうに点在する作品は、今年の出展作に加えて、会期とともに出現して終了と同時に消え失せるというプロジェクトのコンセプトとは裏腹に、1977年の初回以降、市や企業や団体などが買い取って公共空間に展示されているものもある。が、過去作=購入者のコレクションであり公共のもの、の中には、グラフィティ(落書き)や樹木に覆われてしまった作品もある。不愉快だとする作者もあれば、変化もふくめて作品だと受け止める作者もいるようだが、今回の新作にもすでに故意に破壊されたり、機材が盗まれたなどの被害もあるそうだ。ドイツの人々の<公共>への感覚や理解は日本と異なる。その点、落書きも変化もないかわりに、話題から取り残された日本の野外彫刻などについて、さまざまに考えさせられるプロジェクトでもある。

これら二つの芸術祭を巡って感じるのは、前々回(1997年)初めてミュンスター彫刻プロジェクトを訪れた1997年から現在までの20年間に日本国内で急増した地方芸術祭・都市型芸術祭との、時間の掛け方の違いである。ミュンスターでは、彫刻プロジェクト5回の開催に50年を費やしてきた。日本的なら、行政も企業も誰も相手にしてくれない長い時間だが、ミュンスターでは、当局やスポンサーに対する妥協なく、アートはアートでしかないと貫くためには、絶対的に必要な時間だったのだと想像する。教育や交渉、芸術家や専門家・知識人が知性や経験を蓄積し共有していくことに時間をかけなければならないのだ。

世界屈指の芸術祭、とくにドイツでは、芸術も、社会や政治と同様に、傷つくことを恐れず前に進む。日本の行政主導、単年度予算、アートはわかりやすくなければ・・といった中で芸術祭が消費されていくのに失望するが、反面、だからこそ日本独自の芸術祭の誕生を期待する。

今夏は、札幌、奥能登、対馬、横浜、丹後・・と、芸術祭が目白押しだ。果たして芸術祭を通じて地域と世界はつながるのだろうか。
(松尾 惠 MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w)

ドクメンタ14より:作品「本のパルテノン神殿」マルタ・ミヌヒン(1943年生まれ、アルゼンチン)

ドクメンタ14より:作品「本のパルテノン神殿」マルタ・ミヌヒン(1943年生まれ、アルゼンチン)

工事現場の足場のように頑丈な金属の骨組みを書籍で覆っている(ビニールで本を巻きつけている)。作者は、母国の軍政が崩壊した1983年、民政回復を記念し、ブエノスアイレスの7月9日通において、軍政指定の禁書目録2万冊による「パルテノン神殿」を制作し数日間展示。今回のドクメンタ14では、一般人や出版社が寄贈した「ナチス時代の禁書」で再制作。展示場所は、1933年、ナチスがマルクス系やユダヤ系書籍の焚書を行ったフレデリック広場。(作品に使用された寄贈本には、必要な数を満たすため、実際には禁書以外もあった。筆者注)。ドクメンタの閉幕後、書籍は市民に配布されるとのこと。

ドクメンタ14より:会場のひとつ documenta Halle

ドクメンタ14より:会場のひとつ "documenta Halle"

ボランティアガイドによるツアーや高齢者のグループ鑑賞が目立つ。毎日、申し込み不要のグループツアーにはガイドが付かない。ガイド付きの場合は申し込みが必要。鑑賞券は1日券(22ユーロ)、2日券(筆者が利用・38ユーロ)、家族券、学生券、シーズン券(会期中有効)などがある。子供は無料、高齢者割引は無し。

ドクメンタ14より:会場のひとつ Neue Neue Gallrie

ドクメンタ14より:会場のひとつ "Neue Neue Gallrie"

元郵便局・郵便集配所。通信のデジタル化と郵便局の民営化に伴って縮小、空きビルになっていたところ。

ミュンスター彫刻プロジェクト2017より:santuary münster ヘルマン・デ・フリース(1931年オランダ生まれ)

ミュンスター彫刻プロジェクト2017より:"santuary münster"
ヘルマン・デ・フリース(1931年オランダ生まれ)

1997年設置の作品。直径14m・高さ3m。ミュンスターの伝統的なレンガによる。1997年に設置されたときにグラフィティーは皆無。その後内部に樹木が茂り、ゴミも投げ込まれているが、作家は拒否していないし、総合ディレクターのカスパー・ケーニヒもインタビューの中で「作品を生き生きとさせている」と述べている。

ミュンスター彫刻プロジェクト2017より: On Water アイシャ・エルクメン(1949年イスタンブール生まれ。ベルリン・イスタンブール在住)

ミュンスター彫刻プロジェクト2017より:"On Water"
アイシャ・エルクメン(1949年イスタンブール生まれ。ベルリン・イスタンブール在住)

2017年作。川底に船舶用カーゴやその他が設置されている。人々が川を歩いて渡る。エルクメンは、昨年の「東アジア文化都市」(奈良市)に出展。

ミュンスター彫刻プロジェクト2017より:After ALife Ahead ピエール・ユイグ(1962年パリ生まれ。ニューヨーク在住)

ミュンスター彫刻プロジェクト2017より:"After ALife Ahead"
ピエール・ユイグ(1962年パリ生まれ。ニューヨーク在住)

2017年作。元アイススケート場。作品の構成材として、アンモニア、砂、粘土、地下水、細菌、藻類、ハチ、水槽、自動開閉する天井構造、コーナス・テキスタイル(毒性の貝=タガヤサンミナシ)、グローフィッシュ(遺伝子組み換えの観賞魚)、ヒト癌細胞、雨と表記される。天井が開いたときにだけ、水槽内の生き物(限定された生態系)が見える。写真中央の黒い箱が水槽。天井が開いたときに撮影。観客は、床が掘り返された土砂の中を歩く。入場人数が制限されるので、行列ができている。筆者は、日曜の午前中に約1時間待ったが、会期が終盤に近づくにつれ、ますます待ち時間が増えているとの噂。


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