28, Apr 2010

泉屋博古館創立50周年記念「住友コレクションの近代洋画」

会 期: 2010年3月6日(土)~6月27日(日)
開館時間: 午前10時30分~午後5時(入館は4時30分まで)
休館日: 月曜日、4月23日(金)
ただし、5月3日(月・祝)は開館
会 場: 泉屋博古館  http://www.sen-oku.or.jp/kyoto/index.html
〒606-8431
京都市左京区鹿ヶ谷下宮ノ前町24

TEL 075-771-6411
  FAX 075-771-6099
講演会: 5月15日(土)13時30分より当館講堂にて
「旅と憧れ−近代日本とフランス−」
高階秀爾氏(美術史家)

*入館者は無料、先着100名まで
列品解説: 5月29日(土)・6月12日(土)
「住友コレクション−−泉屋博古館の洋画について」
川口直宜(当館学芸員)、展示室にて

<洋画>は、日本の近代化を象徴するメディアだったのだ・・・。泉屋博古館創立50周年記念「住友コレクションの近代洋画」の展示作品の各々が放つ気迫のようなもの、そして、カタログにある日本近代洋画略年譜から、蒐集家にとっても画家にとっても、近代、<洋画>に携わることがどれほどの覚悟であり、個の確立であったかと想像するのである。当時、これらの作品が一般人の目に触れる機会はなかったと思うが、パリから持ち帰られたモネの作品や、その後日本国内で蒐集された作品の数々は、社会を動かすコアな人々の意識をさらに大きく拡げたに違いない。<洋画>という贅沢な響きの傍らに異文化との格闘があって、近代日本人の精神的な陰影が見えてくる。明治・大正期の作品には、その頃すでに日本人画家が油絵にすっかりなじんだように見えるが、だからこそ、西洋と東洋の間の文化的裂け目から這い出ようとするときに油絵具もしくは油絵がニューメディアとして活用されたのではないか・・・。今なら写メールで次から次へと転送される異国や地方都市の風景も、近代の洋画においては、画家がその風景と対峙している事実や経緯までにも大きな意味があって、それを伝えるための油絵具とキャンバスである。人物にも、顔かたちを描きわける作業性や形式を超えて、近代化途上の、固有の人々の憂えが表されているように見える。

このコレクションを始めた住友吉左衞門友純という人の蒐集史も、とても興味深い。カタログ<泉屋博古館分館-住友コレクション-近代洋画名品撰>は、鑑賞の手引きであり、近代洋画の教科書として、大変面白い。 ところで、<洋画>という言葉の響きには、私の個人的な思いも深く重なる。故郷の神戸には、多くの洋画家がいた。港へ下る坂道や花崗岩の岩肌の六甲山、夙川や武庫川べり。絵画に対する私のこだわりの一つに、瀬戸内気候の陽に照らされたそれらの風景の再現がある。画家がとらえた紫外線や、まばゆい建物や人影などに、強烈な回帰の気持ちがある。古き良き時代の神戸というなら、それは、絵画の中にしか残されていないとさえ思う。小磯良平や田村孝之介といった画家の孫という少年たちが同級生にいて、彼らがまとっている空気と絵画の中の空気も似ていて、<洋画>というのは、かつての神戸そのものでもある。

泉屋博古館創立50周年記念「住友コレクションの近代洋画」には、45点あまりの油彩・主催が展示されている。目録によると、もっとも近年のものは昭和52年作「三色スミレ」(岡鹿之助)。ポスターになっているモネ「モンソー公園」、岸田劉生「晩秋の霽日」、浅井忠「秋林」は、何の不安も無い陽光に満たされていて、鑑賞に時を忘れる。昭和52年は、EXPO'70の少し後。西洋と東洋の文化の裂け目が少し埋まったかのように、神戸の風景がじょじょに原型を失い始めた頃だ。おそらく明治大正の画家が芸術都市のモデルにしたパリもそうだったに違いない。<洋画>は、少し古くささをまとい始め、私の周囲にはミニマルアートやコンセプチュアルアートが近寄ってきていた。美大・芸大<西洋画科>や<洋画科>が、<油画>という学科目に置き換えられるのも、その少し後のことだ。
(松尾 惠 VOICE GALLERY pfs/w)

クロード・モネ<br />「モンソー公園」1876年

クロード・モネ
「モンソー公園」1876年


泉屋博古館創立50周年記念「住友コレクションの近代洋画」

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