10, Jun 2010
| 会 場: | 京都工芸繊維大学美術工芸資料館 |
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| 会 期: | 2010年5月10日(月)~6月25日(金) |
| 入場料: | 一般200円、大学生150円、高校生以下無料 |
| 問合せ: | 京都工芸繊維大学美術工芸資料館 tel.075-724-7924 siryokan@kit.ac.jp 関連企画についての問合せ先 http://www.cis.kit.ac.jp/~siryokan/ |
荒川修作とマドリン・ギンズによる近年の「天命反転プロジェクト」を紹介する展覧会。荒川+ギンズは、<人間の「天命」とされてきた「死」に抗することを目標に、人間の身体を再構築する様々なプロジェクトを推進してきました。>(京都工芸繊維大学HPより)。大阪の国立国際美術館では、6月27日まで「死なないための葬送~荒川修作初期作品展」も開催されている。<死という宿命を反転させようとする荒川が見つめた死がそこにあります。>(国立国際美術館HPより)。
それぞれの会期中5月19日に、荒川修作自身は、73歳でこの世を去った。 亡くなったというよりも<この世を去った>のほうが、彼にはまぎれもなくふさわしい。あるいは<あの世へ戻った>のほうがよいのかもしれない。
荒川修作の作品群は、この世に在らざるモノを見てしまった人の仕事だと思う。彼の脳内や網膜では、この世に在らざるモノ・者たちとの交感が行われていたに違いない。なぜそれができたのかただ想像するばかりだが、彼のような奇人には、日本というのどかな環境を遠く離れた人が多いと、私には思える。言葉や文化の違いが、ときおり命を脅かす原因となったときに、現世的な束縛やら利益などから魂はかけ離れてしまうのではないかと思う。
アメリカに長かった荒川修作にもそれに近い出来事が重なって、彼自身が芸術という現象そのものに変化したのではないだろうか。彼は、死を読み替える力となって、神性と俗気をはらむ作品群となって現れたのだろう。荒川修作の示す死は、芸術そのものを指し示していると感じた。
荒川修作の作品群は、あの世をとても丁寧に翻訳した膨大な言葉だったに違いない。
芸術が、地球が生き残る前提で行われているのだとしたら、これまでの膨大な数の芸術家が表してきた思想は、地球滅亡の後どこに収まるのだろうか。モノリスのように宇宙を浮遊し、またどこかに漂着するのだろうか。
荒川修作の示す死とは、芸術の行く先の話であって、それはとても希望に満ちている。これまで荒川修作の作品をよく理解できなかったが、自死や病死や老衰死の話題にとりまかれ、こまごまと日常の「芸術」を語る日々にあって、まったく異質の光を見せてもらえたような気がしている。
「天命反転プロジェクト」の図面、スケッチ、関係する写真を前に、観客である私たちは、真面目にあの世を(地球の、芸術の)を語り合わねばならないと強く思った。
(松尾 惠 VOICE GALLERY pfs/w)

撮影:中野正貴
荒川修作+マドリン・ギンズ:天命反転プロジェクト
Category: Events